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43.千年後

あれから五百年……いや、千年の時が流れた。 里を囲むぼんやりとした境界線はもうない。 そう。俺達は表に出たんだ。 理由は単純明快、安全が確保されたからだ。 まだまだ大小様々な問題はあるけど、ひとまず人と妖が顔を合わせただけで殺し合うような事態はなくなりつつある。 平和への旗振り役は、(かおる)さんが治める新生雨司(あまつかさ)だ。 リカさんが語る理想を、薫さんが他種族の代表者達を巻き込みながら一つ一つ形にしていってくれている。 まさに『車の両輪』みたいな関係。頼もしい限りだ。 さて、そんな中……俺は何をしているのかと言えば。 「だあぁあ!! 違う~!!」 意外や意外のライターだ。取材対象は妖と人間。 それぞれの種族の文化を深堀して、入門書的なものを作っている。 言い出しっぺは俺だ。 元人間、現妖っていう特異な立場を活かせるんじゃないかと思って。 評判はありがたいことに上々。 とはいえ、これも偏に薫さんからのバックアップがあってこそだ。 (めちゃ厳しいけど)優秀な編集さんを付けてくれたり、各種族の皆さんに取材に協力するようお願いをしてくれたり、それとなく本を推してくれたり……。 ほんと感謝してもし切れない。 俺はそんな大恩に報いるべく奮闘中だ。 力不足を痛感する日々だけど、確かなやりがいも感じている。 「ただいま」 襖を開けて誰かが入って来た。 他でもない、俺の旦那のリカさんだ。 見た目年齢は、千年前から変わらず三十代前半のまま止まっている。 因みに俺の見た目年齢は二十代前半ぐらいだ。 元が十八だから、ちょっと成長した感じだな。 「あ~、疲れた」 今日のリカさんは、白地に大小あられの柄が入った着物に、無地で紺色の羽織姿。 銀色の長い髪は、高い位置できゅっと結んでいる。 あの藍色の髪紐は、里のみんなで少しずつ編んで作ったものだ。 発案者は俺。薫さんも定道(さだみち)さんも髪を結んでいたから、お守りとして捻じ込むのに丁度いいんじゃないかと思って。 『これを私に?』 政務復帰の日、みんなで見送る時に俺が代表してプレゼントをした。 そうしたら、泣き笑いをするぐらい喜んでくれて。 以来千年間、ずーっと大事に使い続けてくれている。 仕事に出る時は必ず付けていって、帰宅するとあんなふうにしゅるりと解く。 プライベートタイム突入の合図だ。 「っ! 今日はダメですよ。明日締め切りなん――」 「根を詰め過ぎるのは良くないよ」 そう言って、二本の尻尾をご機嫌に揺らしながら俺の背後へ。 そのままゴロンっと横になって、俺の尻尾に顔を埋める。 「もふもふ~♡」 「こらっ」 「休憩、しようよ」 「ダメですってば」 「ちょっとだけ」 「…………」 「強情だね。仕方がない。助っ人を呼ぶとしよう」 「……はい?」 リカさんがぴゅーっと指笛を鳴らした。 すると小さな足音がパタパタと近付いてきて、襖をバンッと勢いよく開ける。 入って来たのは、二人のチビ妖狐達だ。 「おじゃましますーーー!!!」 「おっ、おじゃまいたしまする!」 「(かえで)! (もみじ)! ダメだろ! 俺、今仕事中」 銀髪で活発な方が楓、黒髪で内気な方が椛。 二人は髪型、服装、尻尾の数、顔まで全部一緒だ。 肩まで伸びた長い髪を一つ結びに。 作務衣姿で、尻尾は一本。 切れ長の目に金色の瞳、長くてふさふさな睫毛、すっと通った鼻筋、そして薄くて形のいい唇……と、見れば見るほど、どっかの誰かさんにそっくりで。 「かえで! はっ、はダメだって」 「バーカ! いーんだよ! ねっ! ?」 「うん! おっけーおっけー♪」 「ふぁっ!?」 「うおっ!?」 リカさんは寝ころんだままの状態で、子狐達を抱き込んだ。 二人は驚きもそこそこにきゃっきゃとはしゃぎ出す。 ……かと思えば、楓がきゅっと唇を引き結んで。 「父上、おっぱい」 なんて、とんでもないことを言い出した。 そう。この子達はリカさんの母乳で育っている。 俺の乳には催淫効果があったからだ。 流石に赤ん坊に与えるのはマズかろうということで、リカさんにも女体化してもらったというわけだ。 因みに、今はどっちも男の体に戻ってる。 ふわふわなおマ●コとも、おっぺえともおさらばしている状態だ。 「ご覧? 私の胸はこの通りぺちゃんこだ。お乳はもう出ないんだよ」 「むぅ~」 楓は納得がいかないみたいだ。 「や~や!」何て言いながら、リカさんの着物の合わせに手を突っ込もうとしている。 あ……椛、お前もか。 物欲しげに親指を咥えながら、リカさんの着物を引っ張っている。 楓と椛は人間で言えば三歳ぐらい。 大人が食べるご飯もある程度は食べられるけど、やたらとせがんでくるので、半ばおやつ感覚で母乳をあげ続けていた。 そうしたら、女性の皆様からこっぴどく叱られて、大慌てで『卒乳』させようとしているというわけだ。 とはいえ、正直俺も未練たらたらだ。 リカさんのおっぱいは、控えめに言って最高だったから。 たわわに実ったもちもちぷるんぷるんの果実。 色白で、その頂は魅惑の薄桃色。 気持ちがいいとミルクが出ちゃうんだよな。 俺から愛撫を受けたり、俺を抱いてる時なんかにぴゅー♡と。 その時のリカさんの顔。 羞恥に悶える表情はまさに至高だった。 耳をぺたーっと平らに。顔は真っ赤で、金色の瞳はじわっと涙で歪んでて。 『やっ! 見ないで……っ』 『あっ♡ ダメ♡♡ そんなに吸ったら、楓と椛の分、がっ……!』 ねえ、リカさん。 もっかい子作りしませんか? 今度はリカさんがお母さんで。 ……ははっ、なんてな。 「お乳の代わりに、い~っぱいもふもふしてもらおう!」 「……ん?」 「ねっ? 優太(ゆうた)」 「はははっ、はい!!」 「ふふっ♡」 「わわっ……!」 「きゃーっ♡♡♡」 気取られたら大変だ! そんな焦りからか、気付けば俺はモフり始めていた。 ああ、オワタ。これはもう徹夜確定だな……。 俺は右手で楓の、左手で椛の頭と耳をもみくちゃに。 一本だけの黒い尻尾で、リカさんの銀色の尻尾をぎゅっぎゅっ♡とハグしていく。 実のところ、こんなふうに俺とリカさんの間に楓と椛が加わったのはごく最近のこと。 年数で言えば、まだ三十年も経っていない。 リカさんが多忙だったのもあるけど、それ以上に問題だったのはリカさんの気持ちだ。 自分に流れる血が、子供に悪影響を及ぼすんじゃないか。 リカさんの親兄弟、親戚がそうであるように、生まれてくる子も(ワル)になっちゃうんじゃないかって、ずっと思い悩んでた。 だけど、平和に向かって歩き出す雨司を目の当たりにしたことで考えを改めてくれた。 邪悪な者も、朱に交われば赤くなる。 良い方に変わることも出来るんだって……そう思えたみたいで。 『仮に生まれてくる子が『覇道』や『欲望』に囚われてしまったとしても、根気よく向き合ってみようと思うよ』 リカさんはそんなふうに思いを語ってくれた。 俺も同じ思いだ。その時がきたら俺も――。 「母上! もっともっと!」 「もっとです~♡」 「はいはい」 大好きの気持ちを、ありったけ楓と椛に注いでいく。 幸せになってほしい、笑顔でいてほしい、そんな願いも込めながら。 「リカさん?」 不意にリカさんの手が俺の頬に触れた。 でも、何も答えない。焦らしてるんだ。 穏やかな表情をしてるけど、どこかニヤついてもいて。 「幸せ?」 「……もう」 分かり切ってるくせに。 ズルい人だな。 「幸せですよ。と~~~っても!」 リカさんの表情が綻んで、ぱっと弾けた。 つられるようにして楓と椛も。 今の俺には自分の表情を確かめる術はない。 だけど、見なくても分かる。 きっと笑ってるはずだ。 リカさん、楓、椛と同じように。 心の底から、幸せいっぱいに。 fin

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