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怖い、よりも知りたい(6)
「やるか?」と櫛を渡されて、ユリウスは白毛の馬――アルバの毛を梳き始めた。
実家にも馬がいたから、扱いには慣れている。
乗馬もできるので、朝夕の散歩も引き受けてもよかったが、余計な申し出だろうと思って口にはしなかった。殿下の馬に向ける眼差しを見れば、好きで馬の世話をしていることはわかる。
「ライニ様は馬がお好きなのですね」
「人といるより馬といるほうが気楽でいい」
――あれ? と思った。
同じ言葉を、どこかで聞いた気がするけど。いつ、誰が言ったのか思い出せない。
「今から:黒(ニゲル)の散歩をする。アルバ の毛を梳き終わったら、先に家に入っていていいぞ」
「ライニ様。もしよろしければ、僕も一緒に乗馬をしてもよろしいですか?」
咄嗟に、そんな言葉が口を衝いて出た。
昨日、殿下はニゲルで出仕したから、今日はニゲルは家でお留守番。そのため、朝から散歩だけさせるそうだ。
今日はアルバは騎士団の屯所まで殿下を乗せて歩くので、アルバのほうは家で散歩させる必要はないのだが。アルバに乗って、ライニ様と一緒に散歩をしたいと思った。
馬といるときの殿下はとても機嫌がいい。
だから乗馬で並んで歩いたら、多少は話も弾み、もっと殿下のことを知ることができるかもしれない。
今も、殿下の近くにいて緊張するのは変わらない。
ただ、今は、近づきたくないと思う気持ちよりも、ライニ様が本当はどんな人なのか知りたいと思う気持ちのほうが強かった。
「なら先に乗ってくれ。俺が後ろに乗るから。鞍 なしでもいいか?」
「え? あ? はい。手綱があればたぶん大丈夫……って、え? ええ!? い、いや、ちがいます! 後ろって何ですか!?」
返事をしている途中で、一緒に散歩というのが、一頭の馬に一緒に乗ることだと誤解されていることに気づき、ユリウスは焦った。
「ライニ様がニゲルの散歩をされるから、僕はアルバに乗って一緒に歩きたいと言っただけで……」
ライニ様のことを知りたいとは思ったけど、使用人の範疇を越えて近づきたいと思ったわけではない。
「うちの馬は気性が荒くてな。慣れない人間が一人で乗ったら、振り落とされる危険がある。だから最初は一緒に乗るほうがいい」
真剣な顔で諭されて、だったらやめておきます、とも言えない雰囲気だった。
ワーグナー夫妻の息子さんは、二頭とも、よく調教されたおとなしい馬だと言っていたのに。馬も人を選ぶということだろうか……。
ここで変にごねて、殿下を遅刻させるわけにもいかない。
殿下がニゲルを厩舎から出し、ユリウスは覚悟を決め、厩舎の柵に足をかけて黒毛の馬の背に跨った。
身を固くしていると、背後に殿下が跨ってくる。
殿下が手綱を握り、ユリウスは馬のたてがみに手を添えた。
狭い馬上では、当然ながら体が密着する。
背後にいる彼に顔を見られないで済むことだけが、せめてもの救いだった。
殿下の体温や息づかいがすぐ傍で感じられ、頭がくらくらして何も考えられなくなる。死んでしまうんじゃないかと思うくらい鼓動が激しく打ちつけていた。
初恋の相手であるエイギルと挨拶でハグをしたときも、これほどドキドキしたことはなかった気がする。
きっと、ライニ様のアルファの能力が高いせいだろう。
お酒を飲んだ時のような思考のままならない頭で、ユリウスは生まれて初めて経験する体の異変の理由を、そう解釈していた。
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