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怖い、よりも知りたい(5)

 翌朝、ユリウスは起きて顔を洗うとすぐに、厨房へ向かった。  そこには、既に美味しそうな香りが漂っていた。 「おはようございます。すみません。僕、寝坊してしまって……」    かまどに向かっていたエレナが、顔だけ振り向かせる。 「ユーリ様、おはようございます。朝食ができたらお呼びしますから、こんなに早くに起きられなくてもよろしかったのですよ」  ラインハルトは、朝は基本的に肉を食べないらしい。  訓練前に肉を食べると、訓練中、食べた物が上がってきそうになるのだとか。  そのため、朝はパンケーキやオートミールに豆のスープ、それにチーズや野菜や果物なんかを合わせるのがほとんどだとか。  今日はパンケーキとひよこ豆のスープのようだ。 「僕もお手伝いします」 「それでしたら、こちらはもうすぐ準備が整いますから、ライニ様のお手伝いをお願いします。今頃は馬の世話をなさっているでしょうから」 「では、庭を見てきます」  返事をして踵を返したが、厨房に来た時に比べたら、少し足が重かった。  殿下が見た目と違って、実はとても優しい人だということは、彼と接するほどに感じている。自分が従兄弟の義弟として、気にかけてもらっていることもわかる。  ただ、近くにいくのは未だに緊張する。  元々、ユリウスは家の外に出ることがほとんどなかったため、初対面の人に対して緊張してしまう性質(たち)ではあったが、出会って三日目になるというのにこれほど苦手意識を感じる人というのも珍しかった。  アルファの圧がそうさせるのかもしれないけど、でも、同じアルファであるエイギルから威圧感を感じたことはないし、選定の儀でお目にかかった皇帝陛下や他の皇族の方々に対しても、恐縮はしても、身の危険を感じるようなことはなかった。ラインハルトに対しては、頭では優しい人だとわかっていても、体の感覚として、緊張を通り越して恐怖に近いものを感じることがある。    厩舎には、殿下の姿があった。  コートは着ておらず、黒い細身のトラウザーズに白いシャツと、袖のない青いウエストコートのみ身につけている。  馬の名前は、黒毛がニゲル、白毛がアルバという。昨日、ワーグナー夫妻の息子さんから教えてもらった。  殿下はニゲルの毛をブラシで梳いているところで、その眼差しは優しく、纏う空気はやわらかかった。  ……ライニ様……、馬には、あんな優しい顔をなさるんだな……。  なんだか恋人同士の逢瀬をこっそり覗き見しているような、罪悪感に駆られる。    ……馬の世話を手伝うように言われているし……、一応、手伝いがいるかどうか、訊いたほうがいいよな……?  そう思って、声をかけるタイミングを見計らっていたら。 「おはよう。昨夜はちゃんと眠れたか?」  馬の背に視線を向けたまま、殿下のほうから声をかけてきた。  ユリウスが来ていたことに、既に気づいていたらしい。  一瞬、面食らったが、慌てて挨拶をする。 「お、おはよう……ございます……。はい。お陰様で、よく眠れました」  挨拶を返したものの、厩舎の外から眺めるのみで、ユリウスはその場を動こうとはしなかった。 「どうした? 馬の世話を手伝いに来たんじゃないのか?」  珍しく、からかうような声だ。  きっと彼は本当に馬が好きで、馬と触れ合っているから機嫌がいいのだろう。 「手伝いに来たのですが……、もしかして、僕はお邪魔かもしれないと思いまして……」  ラインハルトが、毛を梳いていた手を止め、こちらに顔を向けた。 「邪魔? 手伝いに来て、どうして邪魔になるんだ?」 「あ、えっと……、お馬様との楽しいひと時に僕が加わっては、ご迷惑かと……」 「意味のわからないことを言うな。馬が好きなら、こっちに来ればいい」  自分でも意味のわからないことを言っている自覚はあったので、ユリウスはおずおずと厩舎の中へと進んだ。

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