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初夜(7)
翌日。ユリウスが目覚めたのは、夕方近くだった。
体が一つの大きな石になったように重く、身動きの取れない状態で重い瞼を薄く開けると、夕焼け色に染まった天井が目に入った。風を感じるから、窓が開け放たれているようだ。
「ユーリ! 目覚めたのか?」
随分と慌てたような声を耳にし、そちらにわずかに顔だけ向ける。
本当は体ごと向きたかったけど、自分の体とは思えないほどに重くて無理だった。
視界に、整った顔がぬっと現れる。
ベッドの横に椅子を置いて座っていたらしいラインハルトが、腰を浮かせて、心配そうに上からユリウスの顔を覗き込んでいた。
その顔が整っているのは間違いないが、なんだか別人のように、目の下に濃い隈ができていて、顔色が悪い。
頭をめぐらせると、断片的に昨夜の記憶が蘇った。
といっても、鮮明に覚えているのは最初のほうだけだ。
これまでに感じたことのない羞恥と快楽。それに、自分のものか相手のものかもわからない、甘い香り。
肌を撫でられ、舐められ、如実に反応する体が恥ずかしく、ぎゅっと目を瞑って痛いほどの胸の鼓動に耐えていた。そして――……。
思い出したら、彼を受け入れていた場所や歯を突き立てられたうなじに、鈍い痛みを感じ始めた。
オメガの発情期 中、性交しながらアルファがオメガのうなじを噛むと、その二人は『番 』という特別な関係になるらしい。行為中にうなじに痛みを覚えた記憶がある。今も同じ場所が痛むから、おそらく噛まれたのだろう。今は包帯か何かが巻いてあるようで、首回りに布の感触がする。
もしかしたら、『番 』とやらになったのかもしれないけど、実感としては、噛まれる前となんら変わりはなかった。そもそも、『番 』がどういうものかも、よくわからない。
ただ、知識として一つ知っていることは、つがいができれば、オメガのフェロモンは、つがいのアルファにしか効かなくなるのだそうだ。つがい以外のアルファやベータを誘惑することはなくなるから、そうなったら今より生きやすくなるかなとは、常日頃から思っていた。
そういうわけで、昨夜の出来事をあまり深刻に受け止めていないユリウスとは対照的に、ラインハルトは酷く思い詰めた顔をしていた。
うなじを噛まれた後の記憶はほとんどないから、昨夜の行為がどれくらい続いたのかはわからない。でも、騎士で体力があり、そういう経験は豊富であろう彼が、発情期 中のオメガを抱いたくらいでそれほど疲弊するとは思えない。
顔色が悪く目の下に隈ができているのは、もしかしたら、意識を失ったユリウスを心配して、ずっと眠らずについていてくれたのかもしれない。
そう思ったら、急に申し訳なさが込み上げてきて、居たたまれなくなった。
今日は、殿下は仕事が休みだったはずだ。貴重な休日を無駄にさせてしまったことも、発情期 に巻き込んでしまったことも、全てが申し訳ない。
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