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皇弟騎士の思い人(2)

 水瓶(みずがめ)を抱えたまま、咄嗟にユリウスはその場にしゃがみこんだ。 「おい。何でまたあの野郎、食堂に来てんだ?」 「もしかして、これからもずっと食堂で食う気か?」 「皇族だろ? 皇族が下々と同じもん食っていいのか?」  近くにいる辺境伯軍の兵士たちがひそひそと話す声が聞こえてくる。話から察するに、騎士団の副団長が食堂に来るのは珍しいことらしい。  ユリウスも、まさか皇弟殿下が一般の兵たちに混じって食事をするとは思ってもおらず、完全に油断していた。  そう言えば、全ての料理ができあがったところで、料理長が兵士たちに出すのよりもちょっと豪華な食事をトレイに載せて、どこかに運んで行ったことを思い出した。きっとあれは騎士団長の分だったのだろう。    豪華な食事が一人分しか用意されていなかったことから、ラインハルトが食堂に来る可能性に気づくべきであった。  屈強な兵士たちの中にいてもひときわ背が高く、ただでさえ目を引く皇弟殿下は、服装も他の騎士とは違って、黒のトラウザーズに上は肌触りの良さそうな絹のシャツと青いウエストコートを身につけている。色んな意味で周りから浮きまくっていた。    ここの食堂は、入り口でトレイとカトラリーを取り、奥へ進むと、食堂と厨房の仕切りに窓があって、そこに通された板の上に料理を盛った器が出てくる。各自それをトレイに載せてテーブルにつく、という流れになっている。  殿下が慣れた様子でトレイに皿を載せ、振り返ると、端のテーブルに座っていた騎士たちが一斉に腰を上げた。 「殿下。こちらにどうぞ」  騎士たちのリーダーらしき男が声をかける。 「いや。そっちが()いているから、俺はそこでいい。お前達はゆっくり食べてくれ」  ラインハルトはにべもなくそう言って、騎士たちの隣の、まばらに辺境伯軍の兵が座っているテーブルの空いている席へと腰を落ち着けた。  殿下に悪気がないことはわかっているが、もう少し空気を読んであげても……、と他人事ながらに思ってしまう。  肩透かしを食らった騎士たちは全員、どうしたものかと困惑した様子で顔を見合わせているし、殿下と同じテーブルにいる辺境伯軍の兵は、かなり居心地が悪そうだ。  やがて騎士たちは着席し食事を再開したが、彼らの会話はなくなり、辺境伯軍のテーブルも、殿下のほうをチラチラ窺いながらのこそこそ話になった。 「どうしたんだ?」  頭上から声が聞こえてきて、ユリウスは顔を上げた。 「君は今日来たばかりの新人じゃないか」  言われて、その人が、昼間、城に到着してすぐに、アルミンが声をかけた兵士だということに気がついた。辺境伯軍の兵士だったのか。 「ちょっと立ちくらみしてしまって……」  かつての主と顔を合わせたくないので隠れています。とは正直に言えないので、苦し紛れにそう説明する。 「大丈夫か? 医務室に連れて行ってやろうか?」  昼間アルミンが声をかけたときも、訓練中であるにも関わらず親切に対応してくれたけど、かなり面倒見のいい人のようだ。  目尻が下がり気味の甘い顔立ちと少しくせのある明るいブラウンの髪は、どことなくエイギルを思い出させる。エイギルよりは貫禄があるので、年は20代後半くらいか。体格と容貌からして、もしかしたらアルファかもしれないと思った。 「あ、いえ。しゃがんだらよくなったので大丈夫です。でも念のため、水を配るのは、他の人に代わってもらいます」  確かアルミンが今は皿洗いをしていたはず。それと代わってもらおうと思い、ユリウスは中腰で顔を隠したまま、厨房へと向かった。

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