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皇弟騎士の思い人(3)

 ユリウスは、アルミンや他の使用人たちに頼んで、食事のときは皿洗いなどの裏方の仕事に回ることにした。それで逃げ切れるだろうと思っていたのだが。翌日、仕事の合間に従僕長の執務室に呼ばれた。  もしかしたら、勝手に仕事を代わってもらったのがよくなかったのだろうかとびくびくしながら部屋を訪ねたところ、話はその件ではなかった。   「騎士団長が君と話がしたいそうなので、今日の夕食後に団長の執務室を訪ねるように」  執務室に入ると挨拶もそこそこに、そう告げられた。  ――「騎士団長」って……、「副団長」の言い間違いだよな? それか僕の聞き間違い? ……え? ってことは、ライニ様に見つかったってこと!? 「えっと……、騎士団長ではなく副団長ですよね?」  かなり動揺していたが。それを訊ねる冷静さは持ち合わせていた。 「いや。騎士団長だ」  従僕長の神経質そうな顔は、冗談を言っているようには見えない。いや、でも、そんなことあるわけないし――。 「騎士団長ではなく、()団長ですよね?」  騎士団長に呼び出される理由に皆目見当がつかないユリウスは、『副』を強調して同じことを訪ねた。  これにはさすがに、従僕長がムッとした顔をした。 「騎士(・・)団長だ!」  意趣返しとばかりに、『騎士』を強調して同じ答えを返される。  百歩譲って騎士団長の呼び出しだとして。 「騎士団長が、僕なんかにいったいどんなお話があるのでしょうか……」 「私が知るわけないだろう? それを聞くために君が呼ばれたんだから」 「そ、そうですよね……。とりあえず、夕食後に執務室に伺うことにします」  ユリウスは一礼し、従僕長の部屋を後にした。  その話をアルミンにしたところ、「俺もついて行こうか?」と心配そうに言われたが、少しだけ悩んで断った。話を聞きにいくだけだし、一人でも大丈夫だろうと思って。  働き始めて二日目で、殿下から逃げ回っていること以外は、仕事で何かヘマをやらかした覚えはない。洗濯も野菜の皮を剥くのも、他の人たちより時間はかかっているけど、それを理由に騎士団長から呼び出されることはないはずだ。  時間が経って、もしかしたら……、と一つだけ呼び出しの理由に思い至ったのは、自分がオメガであることだった。  オメガであることは従僕長にも話していないが、男にしては華奢な見た目でそう判断されたのかもしれない。オメガがフェロモンを撒き散らして社会に混乱を来たさないようにというのが選定の儀の建前であったことを考えると、オメガであれば使用人を辞めてほしいとか、そういう話の可能性もある。  (つがい)持ちのオメガで番以外にはフェロモンが効かないことを説明し、それでも軍営に置いておけないと言われたときは、故郷に帰るしかない。  そう覚悟を決めた。  使用人の夕食は、兵士たちが食事を終えた後になる。スープの具や肉は残っていないので、野菜の皮や葉や雑穀をスープの残り汁に入れて煮込み、粥にして食べる。  都にいたときに比べたらかなりの粗末な食事だが、それでも夕食は座って食べられるだけマシだった。朝と昼は、給仕の合間にパンを食べるか、兵士たちの残した干し肉やチーズを齧るくらいで、座って食べる暇もない。  夕食を食べ終えるとアルミンが、「お皿は僕が洗っておくよ」と言ってくれたので、お願いすることにし、騎士団長の執務室へと向かった。  途中で殿下と鉢合わせしたらどうしようと、気が気でなかった。フード付きのマントを羽織り、頭からすっぽりフードを被って、壁づたいにこそこそと速足で移動する。幸いにも誰にも出くわさずに、騎士団長の執務室に辿り着いた。

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