6 / 21
寝不足
次の日の朝、スマホがメッセージを受信した音で目が覚めた。昨日は和久井とずっと電話してて、気付いたら朝の4時とかになってて慌てて寝たんだけど、全然寝た気がしない。
メッセージを開く前に時間を確認すると、7時。何気にヤバい時間だ。メッセージは和久井からだった。
『おはよう。昨日は遅くまでありがとう。今日はお互い居眠りに気を付けようね』
その通りだ。時間がなかったので、返信はせずにベッドから飛び出た。
急いで準備をして家を出るとちょうど澪が来たところだった。
「夏樹ってば慌ててどうしたの」
「寝坊した」
「また寝ないでゲームしてたのー?寝癖そのままでイケメンが台無しだよー」
澪に寝癖が付いたところを触られたからその手を軽く払うと、笑ってた。とにかく間に合って良かった。朝飯はどっかで買って行くか。
「面接ってそのまま行くのか?」
「うん。だから今日は一緒に帰れないよー。律くんに守ってもらって♪」
「まだ言ってんのかよ」
澪がガッツポーズを作って言う。どうやらいつもの澪に戻ったらしい。
「なぁ今日のお昼、二人きりにしてやろうか?」
「え!」
「俺は弘樹のとこにでも行くよ」
「で、でも緊張するからいい!夏樹もいて!」
てっきり喜ぶかと思ったのにこの反応。まるで乙女だな。澪はこう言うけど、クラスは違うし、バイト始まったら時間だって合わなくなるだろうし、近付くきっかけ作ってやらないとだよな。隙を見て二人きりにしてやるか。
澪と別れて教室に入ると既に来ていた和久井が俺に気付いて手を振った。今日も目立つなー。何人かが和久井を見てるのが分かる。
今日は長い髪を前髪と襟足を残して後ろに縛ってた。雰囲気変わるな。
「おはよう夏樹。あー、寝癖ついてるー」
「直す時間無かった」
「寝過ごすかと思ってメッセージしたんだよ」
クスクス笑いながら言う和久井。そう言えばメッセージ返してなかったな。
「返信できなかった、悪い。そのメッセージで目が覚めたんだ」
「うん。大丈夫。その代わりまたメッセージとか電話してね」
「次は時間決めてしよう」
「そうしよう♪」
もう寝不足になるのはごめんだからな。実際和久井との電話は時間を忘れるぐらい楽しかった。だからまたしたいとは思う。
一限目の準備をするためにロッカーの中を漁っていると、弘樹がやってきた。
「おはよう夏樹。今日夏樹んちに寄ってもいいかな?母さんがケーキ焼くから持って行けって」
「まじ!?弘樹の母さんのケーキ食えるの!?やったー」
弘樹の母親は料理教室の先生をやっていて、料理がめちゃくちゃ上手い。小さい頃とかは良く弘樹んち行っておやつにケーキ出してもらったんだ。ちなみに澪はいつも俺たちの倍食べてた。久しぶりに食べられるのか。楽しみだな。
「うん。じゃあ家に行く時に連絡するよ」
「おー、待ってるわ」
弘樹とそんなやりとりをした後、目当ての教科書を見つけて席に戻ると和久井がさっきの会話を聞いていたのか聞いて来た。
「高城くん、今日夏樹の家に行くの?」
「うん。澪もだけど、俺たちの家って近いんだよ」
「いいなぁ。それって俺も行ってもいい?」
「いいけど、急に来て大丈夫なのか?家の人とか心配しないか?」
「うちは全然大丈夫。じゃあ今日は夏樹の家まで一緒に帰れるね」
パァッと眩しい笑顔を向けられた。そんなイケメンスマイルされて、俺が女子だったらぶっ倒れてるぞ。
昼休み、昨日と同じく大量の弁当を持って来た澪を加えて三人で食べ始める。
途中で澪がある事に気付いた。
「あ、律くん、今日はパン二個なんだね~」
「ほんとだ。それでも足りないと思うけどな」
今日はジャムパンとコロッケパンを持っていた。一個よりはマシか。
「俺も澪くんを見習ってたくさん食べてみようと思って」
「律くんてば!偉すぎる!」
「いや、澪に合わせるのは間違ってるぞ?」
「えへへ、俺ほどは食べなくてもいいよね~」
澪の食欲は特殊だからな。合わせて食べてたら健康に悪いだろう。と、会話も弾んで、弁当も食べ終わったし、そろそろ俺は席を外す事にした。
「あー、弘樹に話あるんだった。ちょっと行ってくる」
「はーい、行ってらっしゃーい」
「……」
和久井は何も言わなかったが、澪も平気そうだし大丈夫だろ。
さて休み時間終わるまで弘樹と過ごしますか。弘樹はいつものように食後の読書をしていた。
「ちょっと一緒にいていい?」
「わ、ビックリした」
急に現れた俺に驚いて急いで本をしまう弘樹。邪魔しに来た訳じゃないんだけどな。
「そのまま本読んでていいから。休み時間終わるまで一緒にいてよ」
「いいよ。澪と何かあったの?」
「んーん。澪が何かあったみたいよー」
「……ああ」
弘樹が澪の方を確認して納得したように頷いた。またいつものイケメン騒ぎかと察したみたいだ。
「夏樹も大変だね」
「まあね。でもさ、今回のは本気らしいんだよね」
「へー、でも無理なんじゃないかな。今回は」
「ん?何でそう思うんだ?」
「何でって、いや、何でもない」
「またそうやって隠すー。気になるじゃんかー」
「夏樹はどう思ってるの?あの二人の事」
「そりゃ応援したいなーって思うよ」
「そっか。夏樹は澪に甘いからね」
「で、何で無理って分かるんだよ?」
「単純に和久井が澪に興味ないからだよ」
「え?」
「見てれば分かるよ。今だって澪といるのに他ばかり気にしてる」
澪と違ってふざけたりしない弘樹の言う事だから、本当なのかもと思ってしまう。チラッと二人の様子を見てみると、確かに澪は嬉しそうに話をしているが、和久井は相槌はうってるみたいだけど、上の空にも見える。
「ちょ、ちょ!じゃあ俺どうすりゃいい!?協力しようと思って二人きりにさせたけど、戻った方がいいよな!?」
「いや、今はいいんじゃない。それよりも夏樹、昨日寝てないでしょ?クマが出来てるよ。他の人の事は置いておいて少し休みなよ」
「う……はい。夜更かししました」
「保健室行ってきな?担任と次の授業の先生には俺から伝えておくから」
「えー、でも……」
弘樹さんからのありがたい提案。午後の授業一限分でもいいから保健室のベッドで寝ていいよって、そりゃ優等生の弘樹が担任たちに言えば信じてもらえるだろう。
でも新学期が始まったばかりだし、澪の事も気になるし、それに俺と同じく寝不足なはずの和久井を置いて行っていいのかとかいろいろ葛藤していると、弘樹が薄く微笑んで俺の手を引いた。
「一緒に行こう」
「さんきゅ、弘樹」
実は結構限界だった。午前の授業なんて全く頭に入っていないし、弁当食べたら睡魔が余計に強くなったんだ。確実に午後の授業は寝るなと思ってたら、弘樹様がベッドまで連れて行ってくれるなんて。
和久井には裏切ってごめんだな。
保健室まで弘樹は俺の手を離さなかった。
事情を知らないすれ違う人たちは俺たちを不思議そうに見ていたけど、今は睡魔と頭痛でどうでも良かった。とにかく弘樹に頼るしかなかった。
「弘樹ごめん」
「どうして俺に謝るの」
「高校生になってまで弘樹に迷惑かけてるから」
「迷惑だなんて思ってないよ。そんな風に思わないで」
「弘樹はさ、俺の事を澪に甘いって言うけど、弘樹は俺に甘いよな」
「否定はしないよ。俺はいつでも夏樹の味方だから」
「ほんと、カッコ良すぎるよ弘樹は」
保健室に着いて弘樹の手も俺から離れた。中に保健の先生がいたから弘樹が軽く説明してくれて俺は無事ベッドに入る事ができた。理由は貧血って事になった。
俺の代わりに対応してくれてた弘樹が保健室から出て行く音が聞こえるか聞こえないぐらいに俺は眠りについた。
「……き……なつき」
名前を呼ばれてる気がして目が覚めた。
そうだ俺保健室で寝てたんだった。
「あれ、和久井?」
「高城くんから聞いたよ。俺のせいだね、ごめんね」
心配そうに俺を見てた和久井は本当に申し訳なさそうにしていた。いや、寝不足なのはお互い様だし、むしろ俺だけごめんって感じなんだけどな。
「和久井こそ体調大丈夫か?俺は少し寝たから良くなったけど、って今何時?」
「17時」
「は!?俺そんなに寝てたのか!?」
「みんなもう帰ったよ。澪くんも用があるから夏樹の事お願いって」
「そっか……迎えに来てくれたんだな。ありがと」
よく見たら和久井は鞄を二個持ってた。俺の分だろう。
「夏樹、体調は大丈夫?」
「おう!いっぱい寝たからこの通り!よし、帰るか」
保健室を出ると本当にほとんどの生徒が帰ったのか静まり返っていた。
学校を出てバス停まで和久井と歩く。その間も和久井は俺の体調を気にしてくれた。そう言えば今日は和久井がうちに来るはずだったよな。やっぱり今日はお互い帰って休んだ方がいいよな。
「なぁ和久井、今日は真っ直ぐ帰って休んだ方がいい」
「俺は平気だよ。せめて夏樹を家まで送らせて?」
「一人で帰れるから、ほら駅はあっち」
「やだ、夏樹と一緒にいる」
「やだって、そしたら俺が和久井の事心配になるだろ」
「あ、こうしない?今日夏樹の家に泊まるの。そうすれば、お互い側にいるから心配じゃないでしょ?」
「それはそうだけど、急に泊まるとか親大丈夫なのかよ?」
「うちは大丈夫。俺の心配なんてしてないから」
「そんな事はねぇだろ。まぁいっか」
急遽決まった事だから俺も親に連絡したり、更に今日弘樹が来る予定だからそっちにも連絡したりで少し忙しくなった。
でも和久井も電車降りた後とか歩くだろうし、一緒に居たら何かあっても安心ってのは分かるかな。
ともだちにシェアしよう!