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お泊まり

 家に着く前に和久井のお泊まりセットを軽く調達した。弘樹は俺が帰ったら来る事になった。 「お邪魔します」  母さんにはメッセージを送っておいた。いきなり連れて来ると怒るからな。時にイケメンは。 「いらっしゃ~い」 「初めまして、和久井律です。今日はよろしくお願いします」 「丁寧にありがとうね~。あ、二階上がってすぐが夏樹の部屋だから先に上がって。夏樹はお茶持って行ってね」 「て事だから和久井先行っててよ」  和久井を先に部屋に行かせて俺は用意されていたお茶とお菓子を持って行こうとしたら、母さんにぐいっと腕を引っ張られた。 「ちょっとどういう事よ!」 「はぁ?なにが?」 「律くんよ!かなりのイケメンじゃない!?何で先に言わないのよ!化粧落としちゃったじゃない!」 「ちゃんと連絡したじゃん!何で怒られるんだよ俺!」 「イケメンとは無かったわ!もー、弘樹くんも来るって言うし今日は忙しいわ~」  そう言ってバタバタと奥へ消えて行く母さん。母さんはいい歳してイケメン好きだ。だから澪とは話が合うみたいで、よく二人でイケメンが載ってる雑誌や、イケメンが出てるテレビを観ている。  そんな母親に呆れながら和久井が待つ俺の部屋に行く。 「お待たせー」 「夏樹!これ小さい頃の夏樹?」 「あ、そうそう。幼稚園のな。隣は澪だよ」  飾ってあった写真を見ていたみたいだ。俺が入ると俺の隣に寄ってきた。 「二人とも可愛いね。女の子みたいだ」 「それ良く言われた。うちの母さんなんかわざと女の子の服買って来て俺たちに着せたりしたんだぜ」 「見てみたい!夏樹の女装姿!」 「いや、幼稚園の頃の話な?」 「あ、そっか。でも夏樹は綺麗だから、何着ても似合うよねきっと」 「女物は着ないからな?そうだ。夕飯まだみたいだから先に風呂入る?それとも眠かったら寝てもいいし、あ、寝るとこなんだけど、兄貴の部屋が空いてるからそっち使う?」 「お兄さんいるんだね。でも、夏樹と同じ部屋で寝たいな」 「じゃあ布団持って来る」 「俺も手伝うよ。それと、お風呂も夏樹と一緒が……」 「それはダメ!」 「そんなにハッキリ断らなくても……」  あれ?冗談だよな?ふざけて言ったのかと思って答えたらへこんでる。いやいや、高校生の男が二人で風呂はないだろ。  それから布団を用意して、夏樹が先に風呂に入る事になったので、俺はそれまで母さんの手伝いとそろそろ来るであろう弘樹を待っていた。 「それにしてもいい男ね。私があと20年若かったら」 「30年だろ?」 「夏樹はほんと可愛いくないわねー。女心を分かってない!」 「弘樹まだかな?さっき向かうって連絡来たんだけどなー」 「弘樹くんもいい男に育ったわよね~。もう私誰を選べばいいのか分からない」 「父さんを選んでおけよ。あ、和久井が出たみたいだから俺も風呂入ってくるー。弘樹来たら言っといて」  ドライヤーの音が聞こえたから俺も風呂の準備をする。部屋から着替えを取って階段を降りると玄関のチャイムが鳴った。 「弘樹来た!」  玄関を開けると、昼休み以来の弘樹がいた。ちゃんとお礼言えてなかったから、会えて良かった。 「やあ夏樹、体調はどう?」 「弘樹のお陰で良くなったよ。本当にありがとう」 「どういたしまして。誰か来てるの?」  玄関にあった俺以外のローファーを見て聞かれた。そのタイミングでドライヤーを終えた和久井が俺のパジャマ姿で現れた。 「夏樹ーお風呂ありがとう。タオルどこに置けばいいかな?」 「え、なんで和久井が?」 「こんばんは高城くん。今日夏樹の家にお泊まりする事にしたんだ」 「そうそう。急遽な!えーっと、タオルは洗濯機に入れておいてー。あ、弘樹も夕飯食べてくー?って母さんが」 「いや、ケーキ置いたら帰るよ」  あれ?弘樹の表情が変わったような。初めはいつのも優しい笑顔だったのに、段々険しい顔になった?弘樹は靴を揃えて上がり、キッチンに入って行った。 「あ、和久井は俺の部屋行っててよ。弘樹帰ったら俺も風呂行ってくるから」 「うん」  すぐに弘樹の元へ向かって様子を伺う。ちょうど母さんにケーキを渡して少し話しているところだった。 「弘樹?大丈夫か?」 「ん?何が?」 「さっき変だったから」 「またあんたが何かしたんでしょ!いつまでも弘樹くんにおんぶに抱っこしてちゃダメよ」 「母さんに聞いてないだろ」 「はは、じゃあ俺はこれで。夏樹また明日ね」  俺の勘違いか?いつもの弘樹だった。  それから玄関まで見送って、風呂を済ませた。風呂から上がって和久井が待つ部屋に行く。 「待たせて悪かった……あ」  部屋では、敷いたばかりの布団で和久井が寝ていた。掛け布団をかけてないから、少し横になろうとしてただけなのか。そうだよな、俺は学校で寝たから平気だけど、和久井はずっと起きてたんだもんな。 「寝顔までイケメンかよ」  起こさないように近寄って布団をかけてあげた。夕飯は起きたらでいいか。寝かせておこうと自分のスマホだけ取って部屋から出ようとした時、俺のスマホが鳴った。和久井を起こさないように慌てて音を消すけど、遅かったみたいで和久井が動き出した。 「んん、夏樹……お風呂出たの?」 「悪い、起こしちゃったな」 「ううん。少し横になろうと思っただけだから。それより電話いいの?」 「そうだった!」  画面を見ると既に切れてたけど、どうやら澪からで、きっとバイトの件でかけてきたんだろう。正直、今澪と話すのは気まずい。弘樹にあんな事言われたし、今目の前に和久井いるし……悩んだ結果、メッセージを送っておく事にした。 『電話ごめん。体調悪くて寝てる。後で話そう』  しまった。嘘ついちゃったよ。送ってから少し後悔した。何で澪に嘘をついたのか、普通に理由を話して本当の事を言えば良かった。  しばらくボーッとしていたら、和久井に肩を抱かれた。 「夏樹、大丈夫?」 「和久井……俺最低だ」  俺が俯きながらボソッと言うと、今度は体全体で抱きしめられた。これには驚いたが、今は和久井の温もりがありがたい。 「何があったの?電話、誰から?」 「……澪。出れなくて、体調悪いから寝てるって、嘘を……」 「俺が居る事を言えなかったんだね」  頷くと頭を撫でられた。何でこんなに優しくしてくれるんだ。悪い事をしたのは俺なのに。 「夏樹、自分を責めないで。夏樹は悪くない」 「…………」 「夏樹が嘘をつかなければいけなかった理由、何となく分かるよ。澪くんは俺に気があるよね」 「!」 「今までも似たような経験はあるから好かれているかどうかは分かるよ。でも俺には澪くんの気持ちに応えてあげる事は出来ない。それを夏樹は知っていた。これはどう?」 「いや、それはもしかしたらってだけで……本当なのか?」 「うん。これから先、俺が澪くんを好きになる事はないよ。だから夏樹の判断は正しかったんだよ。もし本当の事を言ってたら、何で夏樹の家にとか、面倒な事になっていたかもだからね」 「俺、澪に応援するみたいな事言っちゃったんだ。だから今日の昼休みもわざと二人きりにさせたんだ。ごめんな」 「それは澪くんの為を想ってでしょ?謝る事じゃないよ。でもこれからは協力はしてほしくないな」 「分かった。でも、澪には何て言えば?」 「普通に俺から話すよ。だから夏樹は何も心配しないで」 「何て言うんだ?」 「そうだな、今は思いつかないけど、傷付かないように話してみるよ」 「そっか。分かった。ありがとう和久井」  和久井はニコッと笑ってまた俺の頭を撫でた。  この後母さんが用意してくれた夕飯を三人で食べて少しリビングでゆっくり過ごした。だが俺も和久井も限界が近付いて来ていたので、すぐに部屋に戻って寝る準備を始めた。そして寝付くまでそれぞれ布団に潜りながら少し話していた。 「ねぇ、夏樹のお父さんはいつも遅いの?」 「うん。たまに早く帰って来るけど、ちゃんと会えるのは休みの日ぐらいだよ」 「そっか。でもちゃんと帰ってくるんだね」 「帰って来なかったら母さんが怒るからな」 「ここに泊まりに来る前に、俺の親は心配なんかしないって言ったでしょ?あれ、本当なんだ」 「何で分かるんだ?」 「母親は子供の頃に男を作って出て行っちゃったし、父親は外に女がいて、家には滅多に帰って来ないんだよ。つまり家には俺一人。だから俺が帰らなくても心配されないの」 「それ、まじ?」 「うん。今度家に遊びにおいでよ。見たら分かるから」  和久井が教えてくれた事はドラマや漫画の世界のような話だけど、とても嘘をついているとは思えない。まだ会ったばかりで和久井の事良く知らないのに、何でかな。 「だからさ、今日夏樹と夏樹のお母さんと夕飯食べられて嬉しかった。家族ってこんな感じかなって」 「和久井っお前良く頑張ったな!」 「はは、ギリギリ家はあるからね。お金も父親から毎月結構な額を振り込まれるから生活は出来てるよ。高校もさ卒業してないと働き口がないだろうって、父親が。それは高校を卒業したら俺から離れて自立してくれって意味なんだよ」  和久井の口から出てくる話は全部嘘であってほしい事ばかりで、同じ歳で全く違う生活をしている俺には理解出来ない事だった。  でも和久井にとってはそれが当たり前で、普通じゃないって分かっているけど、受け入れて生きてしまってる。いや、生きなきゃならないんだ。   「和久井は卒業したら就職して一人暮らしするのか」 「うん。追い出されるからね。夏樹は進学?」 「何も考えてなかった。けど、兄貴も大学行ったから俺も進学するかも」 「そしたら俺たち離れちゃうね。寂しいな」  ベッドから顔を出して床に敷いた布団にいる和久井を見ると、こちらに気付いて手を伸ばして来た。それに対して俺も自然と手を伸ばす。和久井の暖かい手に触れると、やっと安心できた。  和久井の話を聞いていたら、このままどこかへ消えて居なくなってしまうのではと不安になったんだ。だから手を繋いだ事によってここにいるって実感できた。 「和久井、話してくれてありがとう」 「こちらこそ、聞いてくれてありがとう」  暗くて表情は良く分からないけど、きっと和久井は微笑んでると思う。  それからお互い深い眠りについた。

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