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亀裂

 和久井が家に泊まった次の日の朝。お互い寝不足もあって朝まで起きる事はなかった。少なくとも俺は目覚ましが鳴るまで寝ていた。  そして澪の件だ。あの後何度か確認したが、メッセージに既読はつくも返信はない。  いつもなら毎朝俺の家の前まで迎えに来ていて、一緒に登校しているんだが、今日の場合は和久井も居る。当然澪は驚くだろう。  だから和久井に説明して、俺は二人とは別に先に行き、和久井と澪で登校してもらいその時に話してもらおうとしていた。  だが、澪は居なかった。いつも玄関を開けると居るはずが、今日は居ない。澪が寝坊をする事は今までにない。むしろいつも俺が寝坊して澪が部屋まで起こしに来るぐらいだった。  電話を掛けてみたが出なかった。 「澪……」 「とりあえず学校に行こうか」  和久井に肩をポンッとされ歩き出すが、心はモヤモヤしたまま。澪と登校しないのはお互い病気などで休む時ぐらいだった。 「俺までお弁当作ってもらっちゃってありがとうね」 「ん。母さん、和久井の事気に入ってたな」 「なんか嬉しいな。夏樹には気に入られてるかな?」 「そうだな、気に入られるとかじゃなくて、普通に好きだよ和久井の事」 「夏樹……」  あれ、俺変な事言ったかな?和久井が固まってその場に立ち止まってしまった。 「おーい?和久井ー?」 「もう一回言って!」 「なっ、何を!」 「俺の事、どう思ってる?」 「だから、普通に……」  あ、何かこのセリフって何度も言うの恥ずかしいな。照れるって言うか、普段誰かに対して好きって言う事がないから改めて言ってと言われると言いにくい。 「いいやつだなと思ってるよ!」 「あー、変えたでしょー!」 「同じ意味だからいいだろ。ほら早く行くぞ」 「はーい」  和久井はガッカリした顔で俺の隣まで駆け寄って来た。でもやっぱり和久井と居ると楽しいな。優しいし、ちゃんと話しを聞いてくれるし。電話では自分の事を暗いとか言ってたけど、全然明るいしな。昨日聞いた家庭の事情が関係しているんだと思うけど。  学校に着いて、まず弘樹の所へ向かう。自分の席で本を読んでいた。 「おはよ弘樹。澪見た?」 「おはよう。まだ見てないよ。朝一緒じゃなかったの?」  読んでいた本を閉じて顔をあげる弘樹。俺と澪はいつも一緒にいるのに変に思ったんだろう。 「ああ、ちょっとな。あと、ケーキご馳走様。母さんがよろしく伝えてって」 「どういたしまして。……澪と何かあった?」  そう言えば弘樹は和久井が家に泊まった事を知ってるんだっけ。話しても大丈夫だよな。  廊下に場所を移して、昨日から今日にかけての出来事を話してみた。すると、弘樹が申し訳なさそうに話し出した。 「夏樹ごめん。実はあの後澪の家にもケーキを届けに行ったんだけど、その時に和久井が夏樹の家に居た事を話したんだ」 「えっ」 「昨日夏樹が澪と和久井の事で悩んでたから、澪に和久井は諦めろって言ったんだけど、それが逆効果だったみたいだな。勝手な事をして本当にごめん」 「ううん。メッセージで嘘ついた俺が悪いんだよ。てかサンキューな!俺の為に澪に話してくれて」  自業自得だ。嘘なんかつかなければこんな事にならなかったのに。弘樹にまで迷惑かけてるし、澪に謝りに行こう。 「澪のとこ行ってくる」 「俺も行く」  弘樹は悪くないけど、この様子だと責任感じてるみたいだし、断っても付いてくると思ったので二人で隣の教室へ行く事にした。  澪のクラスに入るのは初めてだ。席がどこかも分からなかったので、近くに居た生徒に聞いてみた。 「相川の席は一番前のそこだけど、まだ来てないみたいだよ?」 「来てない?」 「うん。今日は会ってないし」  まさかまだ家に居たのか?この時間に来てないとなると休みか。教えてくれた生徒に軽くお礼を言って弘樹と教室に戻って来た。 「とにかく今日澪んち行ってみる」 「俺も行く。一緒に帰ろう」 「ああ、そうだな」  一応澪に帰りに寄るというメッセージを送っておいた。弘樹と別れて自分の席に着くと、隣にいる和久井が心配そうに覗き込んできた。 「夏樹元気ない?どうしたの?」 「澪がさ、休んだらしいんだ」 「そっか。あ、風邪とかで休んだのかも」 「多分違う。弘樹がさ、和久井が家に居た事を澪に話したんだって。だから俺が嘘ついたのバレたよ」 「なんで高城がそんな事言うんだよ」 「あ、弘樹は俺の為に言ってくれたんだ。俺が和久井と澪の事で悩んでたから、澪に和久井の事は諦めろって言ったんだって」 「……ちょっと待って。ただ諦めろって言ったわけじゃないよね?」 「さあ?俺はそれだけ聞いたけど」 「ちょっと高城のとこ行ってくる」  話の途中から和久井の表情が険しくなり、ガタッと音を立てて立ち上がり、弘樹のところへ向かった。何で和久井が弘樹の所に?少し混乱しながらも二人の方を見る。離れているから会話は聞こえないけど、和久井の顔を見ると怒ってるみたいだった。俺も行った方がいいのかな。そわそわしていると、担任が教室に入って来て和久井がこちらに戻って来た。 「何を話したんだ?」 「大した事じゃないよ」  凄く気になったが、ニコッといつもの笑顔ではぐらかされてしまった。後で弘樹に聞いてみよう。  昼休み。俺と和久井で母さん特製弁当を食べるけど、今日のやたら静かに感じた。うるさい澪がいないからだ。 「凄く美味しい!」 「今日の弁当は張り切ってる感が凄いな。和久井のだけ卵焼きがハートになってるし」 「本当だねー。これどうやって作るんだろう?」 「……」 「夏樹ってば元気だしてよ。ちゃんと話せば仲直りできるから」 「澪とこんな風になるの初めてなんだよ。だから変な感じ」 「二人とも仲良いもんね」 「今日弘樹と澪のところに行くんだ。行って謝ってくる」 「そっか。いってらっしゃい」 「澪のやつ、俺の事泥棒猫だとか思ってるんだろうな……」 「泥棒猫もなにも、そもそも俺は澪くんの彼氏でもなんでもないよ」 「あ、そっか」 「今日は澪くんと仲直りしたいから謝りに行くんでしょ?本当は俺も行きたいよ。でも俺が行ったら余計にややこしくなりそうだし、高城もいるみたいだから大人しく帰るよ」 「うん。夜電話するから」 「待ってるね。それと、夏樹を傷付けたら澪くんでも許さないよ俺」 「……和久井?」  顔は笑ってるけど、声が怒っているように感じた。こんな和久井は初めて見る。これ以上澪の話をするのはやめておこう。    放課後になると、弘樹が席まで迎えに来てくれた。 「帰ろう夏樹」 「おう!和久井また明日な」 「うん。夜、電話待ってるね」  和久井に挨拶をして教室を出る。弘樹と帰るのは高校生になってから初めてだな。弘樹も和久井に負けず劣らずのイケメンだから、隣を歩いてると周りから凄い視線を感じる。チラッと弘樹を見ると、何だか機嫌が良さそうだった。 「良い事でもあったのか?ニヤけてるぞ」 「澪には悪いけど、夏樹と帰れるのが嬉しくて」  口元を押さえながらそんな事を言ってくれる弘樹が何だか可愛くて笑えた。弘樹が俺に対して激甘なのは分かっていたけど、言葉にして言われると気恥ずかしいな。 「はは、俺も俺もー」 「夏樹は人気者だからね。いつも周りに人がいる」 「いつもって澪の事だろ?それに人気者と言えば和久井だろ」 「……夏樹は和久井の事、好き?」 「えっと、好きだけど……あ!そう言えば、朝和久井がそっち行った時何話したんだ?」 「ああ、澪に余計な事言ったのを怒られたんだよ」 「それだけ?」 「んー、これは俺から言っていいのか分からないけど、和久井は夏樹の事が好き過ぎて近くにいる俺や澪の事が気に入らないみたい」 「気に入らないって、和久井がそう言ったのか?」 「気に入らないとは言ってなかったけど、警告はされた。夏樹を傷付けたら許さないって」  それは俺も澪に対して言ってるのを昼休みに聞いた。弘樹にも同じ事を言っていたのか。 「とんでもないのに好かれたね夏樹」 「でも、和久井は悪いやつじゃないんだ。優しいし、一緒にいると楽しいしな!」 「夏樹がいいならそれでいいよ。俺は何も言わない」  ニコッと笑う弘樹。薄々感じてたけど、弘樹と和久井は相性が良くないみたいだ。 「弘樹は和久井の事嫌いか?」 「別に何とも思ってないかな。今はね」 「そっか」  和久井のもう一つの顔。もしかしたらあの優しい顔は俺にだけしか見せてないのか?いやいや、澪と三人で居た時だって優しい顔だったよな。和久井が言う暗いってのと関係あるのかな。  そんな話をしてたら澪の家に到着。朝のメッセージに対しての返信はなかったけど、既読はついた。インターフォンを鳴らすけど、応答無し。弘樹と顔を見合わせてから、もう一度押してみると、今度は反応があった。 『鍵空いてるから入って』  インターフォン越しに聞こえて来たのは澪の声だった。中に入れてもらえる事に少し安心して玄関を開けた。 「澪ー、入るぞー」 「いらっしゃい。てかヒロくんも一緒なんだ」  リビングから出て来た澪は私服姿で、見た感じ元気そうだった。表情は曇っていたけど。 「どこか行ってたのか?」 「夏樹が来るって言ってたからお菓子買って来たの」  コンビニの袋を両手に持って階段を上がって行く澪。俺が来るからって言ったけど、絶対自分の為に買って来ただろうっていう量だった。でも、普通に会話してくれるから良かった。  澪の部屋には久しぶりに入る。相変わらずピンクが多い部屋。そしてイケメン俳優やモデルたちのポスターも健在で安心した。 「で、何しに来たの?」 「俺が昨日のメッセージで嘘ついた事を謝りたくて来たんだ」 「認めるんだね」 「ああ。あの時体調が悪くて電話に出れなかったんじゃないんだ。和久井が家に居て、あ、正確には電話を取るのが間に合わなかったんだけどな?んで、掛け直す事も出来なかったのは……和久井が居たからです」 「どうして律くんが居たら俺と電話出来ないの?」 「それは、澪が和久井の事好きだから」 「へー、だったら俺を呼んでくれても良くない?でもそうしなかったのは何で?」 「澪、夏樹は……」 「ヒロくんは黙ってて」  気を遣ってずっと黙っていた弘樹がフォローしてくれようとしたら澪にビシッと止められてしまった。 「そうしなかったのは、和久井が澪の事に興味がなかったからだ」 「なにそれ!違うでしょ!夏樹も律くんの事が好きで、俺に取られたくなかったからでしょ!」 「はぁ?そっちこそ何言ってんだよ!俺はそんな風に思ってねぇよ!」 「ストップ!二人とも落ち着いて」  澪が大きな声を出して見当違いな事言うもんだからこっちまで声が大きくなってしまった。すかさず弘樹が間に入ってくれたけど、澪は顔をフイっとした。まずいな、これじゃ悪化してるだけだ。 「はぁ、とにかく、俺は澪が思ってるような事を考えてねぇよ。和久井にその気がないのを知ってて澪を応援するのは間違ってると思っただけだ」 「それなら律くんが振り向いてくれるよう協力してくれてもいいじゃん。それが出来ないのはやましい気持ちがあるからでしょ」 「何でそうなるんだよ……」 「澪、それは我儘だ。澪の我儘に夏樹を巻き込むのはやめろ」 「そりゃヒロくんは夏樹の味方でしょうね。夏樹が何を言っても信じるよね。夏樹夏樹って、いつもそう!」 「弘樹に当たるなよ!」 「うるさい!夏樹ばかりズルいよ!ヒロくんもいるのに律くんまで取らないでよ!」 「夏樹、今日は帰ろう。また落ち着いたら話し合おう」  弘樹の言うとおりこのまま話してても進まない気がする。結局澪に謝る事は出来ずにただ怒鳴り合って終わってしまった。  澪の家を出てから自分の家に着くまで1分もかからない。弘樹の家は少し歩いた所。 「てか何なんだよあいつは!」  俺のいきなりの大声に驚いた顔をする弘樹。だってせっかく話し合おうと行ってやったのに、何だよあの態度は。全面的に俺が悪いみたいに言いやがって。そりゃ嘘ついた俺が悪いけど……それでも少しはこっちの言い分も聞くもんじゃねぇの? 「夏樹、落ち着いて」 「落ち着いてられるか!俺を欲張りみたいに言いやがって!」 「澪はああ言ってるけど、時間が経てば落ち着くんじゃないかな?」 「はぁ、弘樹が居なかったらもっと俺への不満言ってたんだろうなあいつ」 「さっきのは澪がちょっと我儘かなって思うよ。俺、澪に怒るの我慢してたもん」 「弘樹でも怒るんだな」 「夏樹の事になればね」 「……ありがとな」 「それと、さっきの事を和久井にそのまま話すのはやめた方がいいよ。俺も我慢したぐらいだから、和久井も澪に怒ると思う」 「分かったよ。うまく言っておく」  今日、澪と仲直りする事は出来なかった。こうなったら弘樹が言うように時間が解決するのを待つしかないのかもしれない。澪が俺に対して本気で怒るのが初めてだから分からないけど、もうこれ以上俺から行くのは辞めようと思った。

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