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二人で過ごす休日
今日は待ちに待った和久井ん家に泊まる日。昨日の夜に電話で待ち合わせ場所と時間を決めていた。俺が一人で電車に乗れない理由で俺ん家の近くの駅まで9時に迎えに来てくれる事になった。
待ち合わせ時間は9時。目が覚めた時間は6時。そう、楽しみで早く起き過ぎたのだった。時間を持て余した俺はキッチンで朝ごはんを作る母さんの手伝いをしていた。
「母さん、豆腐はどう切るんだ?」
「始めにキッチンペーパーで水気を取ってからこのぐらいの間隔で切るのよ。にしてもあんたが料理とはね」
俺の朝食作りを教えてくれと言う申し出に、面白がりながらもノリノリで教えてくれる母さん。
そうだ、普段まともな物を食べていないであろう和久井に味噌汁ぐらい作ってやりたいと思ったんだ。
「俺も兄さんみたいに一人暮らししたいから勉強だよ」
「それなら毎朝早く起きて作ってくれればいいのに」
「それは出来ない。母さんの手料理が食べたいからな」
「良く言うわ。あ、ちゃんと出汁入れてね」
「えっ出汁って昆布とか?」
「我が家は忙しい主婦の味方の粉末タイプの出汁を使ってるわ」
「へー、これでいいのか」
パラパラと母さんに渡された金魚の餌みたいな物を鍋に入れる。料理は初めてやるけど、正直めんどくさいなと思ってしまった。いつも母さんは野菜などを洗って、切って、煮たり焼いたり、味付けとかも料理によってはあれを入れたりこれを入れたりしてるんだろう。毎回こんなに手の込んだ事をしていたのか。
「具材に火が通ったら火を消して味噌を溶かすの。味噌を入れたら沸騰させないのがコツね」
「母さんって凄いんだな」
「なによいきなり。まぁ私の偉大さが伝わって良かったわ」
鼻歌を歌う母さんは機嫌が良くなったみたいだった。早速出来上がった味噌汁をお椀によそって、母さんが作った他の料理とテーブルに並べる。そこへパジャマ姿の父さんがやって来た。いつも遅くまで仕事だから会えるのは土曜日と日曜日ぐらいだった。
「お、夏樹がいる。今日は起きるの早いな」
「おはよう。今日の味噌汁俺が作ったから飲んでみてよ」
「本当にか?なんでまた?」
「ねー、雪でも降るんじゃないかしら」
そして三人で食卓に付いた。俺と父さんの関係は普通だと思う。そもそも普通ってのが分からないけど、仕事頑張ってるし、土日は家に居て母さんとも一緒に出掛けたりしているみたいだから普通の一般家庭で良く居る父親なんじゃないかと思う。
だから普通に好きだ。母さんの事も好きだ。
和久井の家はきっともっと違う環境なんだろうな。父さんたちと話をしながら朝ごはんを食べてそんな事を考えていた。
和久井と待ち合わせの時間になり、駅に行くと既に到着していた和久井が俺に気付いて近寄って来た。青いシャツに緩いカーディガンを羽織っていて、下は黒のスキニーで脚長効果抜群だった。元々和久井は脚長いけどな。そんな和久井はすげー大人っぽく見えた。
俺はと言うと、黒のパーカーに普通のジーンズにスニーカー。並んで歩いたら恥ずかしいって言われそうだな。いや、和久井なら言わないか。
「おはよう夏樹。私服姿も可愛いね」
俺の考えてる事が分かったかのような言葉に少し落ち込んでしまった。
「俺と歩くの嫌だと思っただろ?」
「何でそんな事言うの?そんな事1ミリも思ってないよ」
「和久井はいいよなー。顔良しスタイル良しで。どんな服も似合うんだろうなー」
「夏樹に言われると嬉しいな。てか夏樹だって顔良しスタイル良しじゃん。あ、俺たちお似合いのカップルだねー」
「和久井ってさ、いつもポジティブだよな。そういうところ好き」
「夏樹っ」
「うわっ!」
急に和久井に抱き付かれて本気の驚いた声が出てしまった。だってここ大勢の人々が行き交う駅前だぞ!男二人が抱き合ってたら変な目で見られるだろ!ほら、あそこの自販機前に居る女子たちなんか指差して見てる!
「わ、和久井ちょっと離れて!」
「だって夏樹が嬉しい事言ってくれるからぁ」
渋々離れる和久井はどうやら俺の言葉に感動して抱き付いて来たらしい。これからは迂闊に好きとか言えないな。
それから和久井のナビの元、電車に乗り、とりあえず着替えとか入ってる荷物を置きに和久井ん家へ向かう。俺ん家の最寄り駅から十個は離れた駅で降りた。一時間とは言わないが、それぐらい長い事電車に揺られてとても遠く感じた。
「和久井ん家って結構遠いんだな」
「乗り換えないからまだマシだよ。で、ここが俺の住むマンションだよ」
電車を降りてすぐ目の前にあったデカいマンションを差して言う。見るからに高そうなマンションで、たまたま入り口から出て来た人が居たから見てみるといかにもセレブって感じの人だった。
「デカ!何階?」
「最上階の30階だよ」
さすが社長の息子。住む所が違うな。俺が驚いてると、手を繋いでこっちと言ってマンションの入り口に向かった。和久井ってこういう事普通に出来るから凄いよな。俺はまだ慣れないって言うか慣れるもんなのかこれ?
入り口にある機械に和久井がカード状の物をかざすと、近くのガラスの自動ドアが開いてホテルのロビーみたいな所に入る事が出来た。え、ここは誰かん家じゃないのか?良く分からないから和久井についていくと、デカいエレベーターが四つある所に着いて、そこでも和久井はカード状の物をかざしていた。
「和久井、さっきからそれ何やってるんだ?」
「え、これ?これはカードキーだよ。家の鍵で、入る時はこうしてかざさないと入れないんだ」
「すげー!かっこいいなそれ」
「結構めんどくさいよ。家に着くまでに時間かかるし」
エレベーターが到着して中に入ると、慣れたようにまたカードキーをかざしてから目的の階の番号を押した。確かに、家に入るのにこう何度もカードをピッピってしてたら面倒かもしれないな。こういう高級そうなマンションだからセキュリティがしっかりしてるって事なんだろうけど、住んでみると違う視点で見えるのかもな。
そしてやっと和久井の住む部屋に到着。もちろんカードキーをかざしてオートロック解除。
「いらっしゃい夏樹。俺以外誰も居ないからくつろいでよ」
「うわー!すげー!」
綺麗で広い玄関から中へ入ってその先のリビングで出た第一声がこれだった。
壁一面が窓になっていて、外が一望出来た。荷物をポイっとその辺に投げて窓に駆け寄って張り付いた。
「凄いな和久井!めっちゃ高い!」
「気に入ったみたいなら良かった。何か飲む?それとももう出掛ける?」
「あ、そっか、出掛けるんだった。飲み物はいいよ」
「夜になったら夜景が綺麗だから楽しみにしてて」
「うん!早く観たい!」
こんな高級なマンションに入った事なんてなかったから随分はしゃいでしまった。ふと我に返ると一人でこの広さの部屋に住むのは掃除が大変なんじゃないか、という疑問だった。
「なぁ、和久井が掃除してるのか?すげー綺麗だけど」
「今日の朝は俺が少ししたけど、週二回お手伝いさんが来てやってくれてるんだ。俺が学校行ってる間だから会わないけど」
「お手伝いさん!金持ちは違うな~」
「俺じゃなくて父親がね。出掛けようか夏樹」
そしてマンションから出て街を歩く。和久井の住む街は栄えていて、大通り沿いにたくさんの店が並んでいて、少し遠くにショッピングセンターも見えた。
「服が見たいんだよね。夏樹はいつもどこで買うの?」
「特にこだわりは無いかな。ユニクロとかが多いよ」
「俺も一緒。このカーディガンもユニクロだよ」
「同じ店でも着る人間が違うと分からないものだな」
「またそう言う事言ってー。夏樹って自分が思ってるより美人なんだからね。一緒に歩いてても夏樹を見てる人たくさんいるし、俺ヤキモチ焼きなんだからね」
ぷぅっと膨れて言う和久井は少し可愛いかった。そりゃ俺だって自分の見た目の事は小さい頃から散々言われて来たから分かってる。でも和久井は次元が違うだろ。芸能人とかそんなレベル。
だからか和久井と居ると自分は普通に感じてしまう。
和久井と適当にショップを見て回り、俺はTシャツ。和久井はワイシャツを買った。それからランチして、夕飯は和久井ん家で食べようとお弁当をテイクアウトして帰った。
「そうだ。この辺スーパーある?買いたい物あるんだ」
「マンションの近くにあるよ」
「んじゃ寄って帰ろう」
明日の朝作ってあげる味噌汁の材料買わなきゃだ。スーパーに入って味噌とかを選んでると、和久井が不思議そうに聞いて来た。
「ねぇ、こんなに大きな味噌買ってどうするの?」
「味噌汁作るんだよ。今朝母さんに教わったんだ」
「え!夏樹、料理出来るの?」
「ううん。今は味噌汁だけだよ。他の料理はこれから教わる予定」
「すごーい!まさか俺に作ってくれるの?」
カゴにどんどん品物を入れていく俺にキラキラと目を輝かせて喜んでいた。なんか照れるな。
「和久井いつも飯食べないとか言ってるから、少しでも食べてもらいたくてさ」
「ありがとう。俺、幸せ者だな」
「大袈裟だな。今朝一回しかやった事ないから味は保証出来ないからな」
味噌汁の材料の他に朝食になりそうな物も買っておくことした。
そして暗くなる前に和久井ん家に到着。今日は早い時間から色々行ったりしたから少し疲れたな。
「買って来た物とか冷蔵庫に入れておくね」
「サンキュー。なぁ夜景も楽しみだけど、夕陽も綺麗だな」
「うん。そうだね。夏樹と見るからかとても綺麗に見えるよ。今お風呂沸かすから沸いたら先に入っていいよ」
「お風呂も広いんだろうなぁ」
「二人で入っても狭く感じないと思うよ。一緒に入る?」
「一人で入る!」
「それは残念」
この前俺ん家に泊まった時も言ってたけど、今思うとあれって本気だったのか。和久井と一緒にお風呂とか俺にはまだ早過ぎる!
それぞれお風呂に入って買って来た弁当を食べて、それからリビングでゆっくり過ごす。お風呂も広いし、部屋も広い。快適過ぎてここに住みたいぐらいだった。
「何もなくてつまらないでしょ。ごめんね」
「全然つまんなくないじゃん。和久井が言ってた通り夜景ちょー綺麗だし」
「うん、綺麗。ねぇ夏樹、寝る時一緒でもいい?」
「えっそれは……」
それはいいのか?お風呂よりはハードル高くない気がするけど、一緒に寝るって緊張するぞ。お願いと両手を合わせてくるもんだから、困りながらも寝てみる事にした。
「いいよ。すげー緊張するけど」
「やったー♪夏樹大好きー」
ソファに座りながら俺を抱えるように抱きしめてくる和久井。抱きしめられるのには少し慣れたかな。まぁ人前じゃないからってのもあるけど。だから俺も和久井の背中に腕を回してみる。
「俺も好きだよ」
俺の言葉に和久井は優しく笑って自然とキスをしてきた。和久井と二回目のキスは一回目より長くて、離れたと思ったら直ぐにまたされた。
そしてその後も部屋から見える夜景をバッグに何度もキスをした。
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