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第1話

 かぐわしい伽羅(きゃら)の香りが鼻先をくすぐって、白露(はくろ)は顔を上げた。玉座には麒麟(きりん)獣人の皇帝が座している。  貴色である黄金色の髪と立派な黒角を持つ彼は、目を見開いて白露を凝視していた。 (あ、しまった。勝手に顔を上げてはいけないのだった)  黒いパンダの耳も顔と一緒に伏せて恭順を示す。辺境出身の白露でも、皇帝がどれほど高貴な存在かわかる。どうか怒っていませんようにと祈りながら沙汰(さた)を待った。  視線を下ろすと赤い絨毯(じゅうたん)が目に飛び込んでくる。赤を基調とした高貴さに溢れた空間にいることを改めて自覚して、緊張感が高まっていく。  衣擦れの音と共に周囲がざわめく。前方向から誰か近づいてきているけれど、まさか皇帝様が来ているのだろうか。ドキドキしながら金の刺繍が美しい絨毯の模様を眺めていると、赤い紐で編まれた黒靴が目の前で止まった。 「顔を上げて」  涼やかな声が耳朶(じだ)をくすぐり、促されるままそっと上を見た。豪奢な金の髪と共に青玻璃の瞳が目に飛び込んでくる。白露が今までに見たことがないくらいに美しい人だった。  真っ直ぐに通った鼻筋、杏仁の実の様に形の整った左右対称の瞳には、職人が端正込めて作製した硝子細工が嵌め込まれている様にも見える。動かないでいると本当に生きている人なのかと疑うくらいに綺麗で、白露は瞬きも忘れて彼に見惚れた。  声もなく見つめあっていると、皇帝の薄い唇が信じられないといった様子でわななく。そして次の瞬間には華やかに綻んだ。 「ようやく見つけた、私の運命の(つがい)よ」 「運命の番……僕が?」  発情期を迎えておらずオメガである自覚の薄い白露には、皇帝の運命の番である事の重大さがよくわかっていなかった。ただ皇帝から発せられる天上の香りは心地よく、いつまでも嗅いでいたいと思った。

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