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第63話

 昼前の中途半端な時間のためか、渡り廊下を歩く人は誰もいなかった。白露は誰かに出くわさないかとビクビクしながらも、竹林のある方向に小走りで駆けていった。  柳の小径を抜けて茶室の側まで来ると、眼前に竹林が広がり心の底からホッとする。周囲を念入りに眺めて誰もいないことを確認してから、空き地にある竹の腰掛けに座った。  サラサラと川の水が流れるような葉擦れの音を聞いていくと、張り詰めた生活の中で擦り減った心が癒されていくような心地がする。  うっとりと目を閉じて風が奏でる音色を楽しんでいると、不意に人の声がパンダの耳に飛び込んできた。 「あれ、白露? 久しぶり」 「っ宇天……」  ビクッと肩を跳ねさせた白露は立ち上がり、声のした方に振り向いた。笙を抱えた宇天がこちらに歩み寄ってきて、気さくに声をかけてくる。 「元気だった? 最近の暑さには参っちゃうよね、君も涼みに来たの?」 「僕は、その。笹の葉音が好きで」  しどろもどろになりつつもなんとか答えると、宇天も先が短い耳をピクピクと動かして音を聞いているようだった。 「へえ。まあ確かに、落ち着くよね。ボクも嫌いじゃないよ、この音。笙の音色の方がもっと好きだけど」  遠慮も何もなく歩み寄ってきた宇天は、白露と人一人分の距離を開けてピタリと足を止めた。今日の白露は、皇帝の番であることを知っている秀兎が訪れる予定だからと、麒麟柄の深衣を身につけている。嫌な予感がした。  案の定服の柄を確認した宇天は目を見開き、固い声で白露に言い寄る。 「ねえ、その服の衿、よく見せて」 「い、嫌だ」 「なんで。見せてよ」  宇天は怖い顔をしながら白露に近づき、腕をつかんで袖口の刺繍を見た。見られてしまった。宇天は次に衿を確認し黒の首輪に視線をやって、信じられないと言いたげに顔を歪める。 「ねえ、どうして……皇獣人しか許されていない図案の深衣を、白露が身につけているの?」  もう言うしかない。ごめん宇天と内心で謝りながら、覚悟を決めて事実を口にした。 「それは……僕が、琉麒の運命の番だから」 「嘘だ!」  掴んだ腕を突き飛ばすようにして離される。バランスを崩した白露は地面の上に倒れこんでしまった。憎しみがこもっているのではと錯覚するような眼光で、宇天は白露を見下ろす。 「彼の番になるのはこのボクだ! そうじゃなきゃおかしい、今まで全部全部、彼の番になるために頑張ってきたのに!」  白露は鋭い視線に射すくめられて、琉麒に術をかけられたあの時の太狼と同じように動けなかった。

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