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第64話
顔を強張らせながら鬼のような形相を見上げると、彼は地面をダンッと踏んで苛立ちを露わにする。
「なんでこんな、華族のなり損ないみたいなキミが! あり得ない! ちゃんとした番だったら公表されているはず、そうじゃないってことは卑怯な手段で皇帝様に取り入ったんでしょ!」
「違うよ、そんな」
「うるさい黙れ! もう白露の顔なんか見たくない、キミのような人が彼の番だなんて、ボクは絶対に認めない! とっととここから出ていけ、二度と顔を見せないで!」
激昂した宇天は白露を蹴ろうとしてきたので、とっさに転がって避ける。そのまま竹林の中を一目散に走り出した。がむしゃらに走ると通用門らしき場所まで出る。白露は足を止めて、ハアハアと肩で息をしながら呼吸を整えた。
「……っ、はあ、は……ごめん宇天、ごめんね……っ」
彼を傷つけてしまった。もう会わないようにしようと思っていたのに、不用意に竹林になんて行ったせいだ。彼から投げつけられた思いは、刃のように白露の心をズタズタに切り裂いた。
「ちゃんとした番じゃ、ない……」
白露にも痛いほどわかっていることだった。琉麒とはいまだに番になれていない。なる方法もわからない。こんな自分が彼の番に相応しくないってことは、白露が一番わかっている。
ここから出ていけ、二度と顔を見せないでという言葉が、頭の中に焼きついたまま離れない。胸を押さえてその場にしゃがみこんだ。
(琉麒はきっと、ちゃんとしたオメガと番になる方がいい。僕みたいに出来損ないのオメガを運命の番として迎えようとするなんて、何かの間違いだったんだ)
考えるだけで胸が痛くて苦しいけれど、それが真実のように思える。秀兎も皇帝のオメガに望まれている一番の仕事は、子どもを産むことだと言っていた。いつまで経っても発情期が来ない白露は、琉麒の番として失格だ。
唇を噛み締めながらのろのろと立ち上がり、通用門に手をかけたが、開け方がわからない。
「どうしよう……」
「おや? そこにおられるのはもしや、白露様では」
「誰っ?」
振り向くと、先ほど声をかけてきた葉家のテン獣人がいた。指先を強張らせたまま動けないでいると、彼は白露の土に塗れた衣装を見て大袈裟に嘆く。
「なんということでしょう、お召し物が汚れています。どうぞこちらへ」
「え、あ」
通用門はテン獣人がかんぬきを外せばなんなく開いた。このまま外に出ていいのだろうかと視線をさまよわせる。
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