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第65話
門の前に見張りはいなかったけれど、遠くからこちらに向かってくる門番らしき二人組の人影が見えた。思わずテン獣人の背に隠れてしまう。
「汚れた姿を誰かに見られては恥です、速やかにここを離れなければ」
テン獣人は白露の手を引き、華車へ向かって移動した。引き手の馬獣人の屈強な体に気を取られているうちに、扉の中に引き込まれそうになり足を踏みとどまる。
「待ってください、僕は」
「お願いです白露様、どうか中に入って話を聞いてください。我が息子、宇天のことでお願いがあります」
宇天の名を聞いて、ぎくりと肩をすくめた。
(いったいどういう願い事があるんだろうか)
うかがうように視線を上げると、柔和な笑みが返ってきた。でも、目は笑っていない。
(なんだろう、嫌な予感がする)
白露を拐おうとしたイタチ獣人と同じような気配を感じて、腕を振り払おうとすると余計に強く掴まれた。
「あ、待ってったら、痛い!」
抵抗虚しく、華車の中に押し込まれてしまう。叫び声をあげようとしたが口を塞がれ、薬のような匂いを感じると共に意識が薄れていく。
(そんな……まだ、琉麒に)
お別れも言えていないのに。頭の中で言葉にする前に、世界が暗転した。
*****
誰かに上体を起こされ、口の中へと苦い粉を流し込まれた。あまりの苦さに目を見開く。
「ぐっ、けほっ!」
「しっかり飲み込むんだ」
顎を上向かされて、無理矢理飲まされた。宇天とは似ても似つかない平凡な顔をした葉家の当主は、白露が粉を飲み込むまで凝視してきた。
「これでよし」
「なにを……したんですか」
「なに、気付け薬を飲ませたまでよ」
わざとらしく笑った当主は、白露を寝台に横たえた。
「大人しくしていれば、悪いようにはしない」
嘘だ、笑っているけど目は冷たいままだった。部屋を出ていく背中を、みじろぎもせずに目で追いかけた。
当主の姿が扉の向こうに消えて、視線が途切れた瞬間に起き上がる。同時に鍵がかかる音が聞こえた。
「あっ……」
しまった、言うことを聞いていないで、すぐに外に出ればよかった。
ここはどこだろう。知らない場所だった。部屋自体は簡素だが、寝台は不釣り合いなほど立派だ。
(逃げなくちゃ)
苦味が残る喉をさすりながら、寝台から抜け出した。
「あれ? ない」
琉麒にもらった首輪がなくなっている。汚れた深衣も脱がされて、中着姿になっていた。
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