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第73話
琉麒は白露の手を握ったまま、じっと華車に揺られていた。
「ねえ、琉麒……」
「待ってくれ、人前では言いたくない話なのだろう? 誰にも聞かれないように、私の部屋で話そう」
華車の外は警吏が固めているのだろう。白露は大人しく、促されるままに彼の部屋へと向かった。
皇帝の部屋に着いた白露は驚いた。いつも綺麗に整えられている文机の上は書簡が山積みになっており、今にも崩れ落ちそうな有様だ。チラリと確認できた文字からは、パンダ獣人、オメガ、などという単語が読み取れた。
琉麒は白露を抱えたまま寝台の端に腰を下ろす。至近距離にある顔を見上げると、琉麒の目元にはまた隈がこさえられているのがわかった。
心配させてしまったと心苦しくなっていると、彼は強い眼差しで白露の双黒の瞳を見据える。
「白露、聞かせてくれ。まさか他に番いたい相手ができたのか?」
「そんな人いないよ!」
「だったらなぜ、私に別のオメガと番えなどと言うのだ。私は白露以外の人を番に迎える気はさらさらないよ。白露だけだ、私の心をこんなにもかき乱すのは」
琉麒の想いを聞いて嬉しいと騒ぎだす気持ちを無理矢理押し込めて、自分の考えを口にする。
「僕は出来損ないのオメガだから、琉麒が望むように赤ちゃんを産んであげることができない……きっと違うオメガと番う方が、幸せになれると思ったんだ」
白露の言葉を受けて、琉麒は苦しげに眉を潜める。絞り出すように言葉を発した。
「君は私が子孫欲しさに君と番いたいのだろうと、そう思っているのか?」
そういえば、琉麒の口から直接子どもを産んでほしいと聞いたことはないような気がする。
宇天は麒麟獣人の子どもを産みたいと言っていたし、秀兎からはアルファ華族に嫁いだオメガは子どもを産むのが仕事だと一般論を教えられた。
最初の触れ合いでも子を成すだとかそんな話題が出たから、そのせいで当然琉麒も子どもを望んでいるのだろうと勘違いしたのかもしれない……
恐る恐る琉麒の表情をうかがうと、彼は自重するようにフッと苦笑した。
「確かに、出会った当初はその想いが強かった。私は皇帝の地位を継いだ者として、子孫を残す責任がある。そう考えて番探しをしていたからな」
やっぱり子どもを産んでほしいと思っているのかと泣きそうな気分になっていると、琉麒は白露に言い聞かせるように頬に手を添えながら話を続けた。
「けれど、実際に君と出会ってからは義務感など吹き飛んでしまった。早く君を番にしたい、繋がりたいとそればかりが頭を占拠して、何も知らない君に無理を強いてしまったね」
「無理だなんて! 違うよ、びっくりしたけど嫌じゃなかったんだ」
琉麒はホッとしたように口元を緩めると、柔らかな手つきで白露を抱きしめる。
「側にいてくれ、白露。例え番になれなくても、子どもが産めなくても、君のことを想う気持ちは変わらない。愛しているんだ」
「琉、麒……」
喉がつっかえて上手く応えられない。彼の言葉は白露の胸の奥底にまで響いて、身体中が歓喜に震えだす。
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