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第74話

 嬉しくて愛しくて、どうにかなってしまいそうだ。皇帝の番として失格である自分が、彼の申し出を真に受けてしまってもいいのだろうか。 (琉麒のためには、離れた方がいいのかもしれない……でも)  側にいてほしいと懇願されて、白露もそうしたいと心から願ってしまった。琉麒の肩に手を回して彼の匂いを胸いっぱいに吸い込みながら、もう二度と離れたくないと思ってしまう。 「こんな僕でも、いいの?」 「君がいいんだ。白露」 「だって、番になれないんだよ?」  今は番になれなくてもいい、子どももいらないとそう思っていたとしても、将来後悔する日が来るかもしれない。琉麒に辛い思いをさせたくないと、白露は肩口に顔を擦りつけた。 「あくまでもそこが気になるのか……そうであれば、一つ提案がある」 「なに?」  白露が顔を上げると、琉麒は文机の上に積まれた書簡に目線を当てていた。 「君がいなくなった後、拐われた線と自主的に出ていった線と、両方を踏まえて調査をした。自主的に出ていったなら、気にしているのは体質のはずだと思った」  当たっていると頷くと、彼は少しだけ微笑む。 「あ、でも拐われたのも本当なんだ」 「なんだって?」  葉家の所業を告げると、琉麒はすぐさま手紙を書きつけ部屋の外に使用人を呼んだ。すぐに用事を済ませて、部屋へと戻ってくる。 「話の途中だったね。そう、過去の特殊オメガ資料やパンダ獣人の生態を参考にしながら、夜通し考えていたんだ。そうしたら、気になる記述を見つけてね」 「気になる記述?」 「過去にはどうやら、頸を噛まれることで初めて発情期を迎えたオメガがいたらしいんだ。本来は発情期を迎えていないオメガを噛むと、後に後遺症が発生したり上手く番が成立しないことがあると聞いているから、存在は知りつつも白露には伝えていなかったのだが」  琉麒は白露の顔に視線を戻して、頸に指先を這わせた。 「白露がどうしても私と番になることにこだわるのであれば、賭けになるが試してみるか?」  心配そうに告げる琉麒からは、白露をがっかりさせたくないという配慮の気持ちが滲み出ているように見えた。試したからといって必ず番になれるとは限らないし、それどころか後遺症が発生する可能性があるのを危険視しているのだろう。  それでも構わなかった。琉麒と番になれる可能性が少しでもあるなら、白露は迷わずにその道を選ぶ。  青玻璃の瞳を見据えて宣言した。 「僕の頸を噛んで、琉麒」  琉麒が好きだ。ずっと一緒にいたい、そのための権利がほしい。だって白露には琉麒の隣で胸を張って立てるだけの教養も芸事の腕も、番だという立場も何もかもがないのだ。  甘やかされているだけじゃなくて、琉麒のために何かしたい。そのためなら多少怖くたって乗り越えられる。  決意の宿った黒い瞳を見つめた琉麒は、スッと形のいい目を細めると白露の頸に顔を寄せた。髪を指先でかき分けられて、ピクリと肩が反応する。 「いいんだね? 白露。ここを噛んでも」 「いい、よ」  力を抜こうとしても身体が強張ってしまうけれど、白露はギクシャクしながらも琉麒の膝の上で体勢を変えて、頸を彼の口元に晒した。

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