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第75話 発情香

 彼の熱い吐息が首筋にかかって、ハッと短い息を吐く。琉麒は白露を落とさないように腕の中に抱え込んだ。 「しっかりつかまっていなさい」  次の瞬間、頸に歯を立てられた。噛まれた場所から痛みが走り、口から声にならない悲鳴が漏れる。琉麒の礼服に皺の跡が残るくらい力強く握りしめたけれど、白露は決して嫌だとも痛いとも言わずにじっと耐えた。 「……っ」  噛まれた場所がずくん、ずくんと痛み、熱が全身に回っていくような心地がする。腹の中から何か未知の感覚が花開き、白露の全身に蜜を染み渡らせていく。  長年堰き止められていた強烈な芳香が、一斉に頸から吹き出した。ちょうど白露の首筋から顔を離そうとしていた琉麒は、まともにこの匂いを吸い込んでしまう。 「っこれは、発情香か……!」 「えっ、本当に?」  噛まれたことがきっかけになって発情期が来たのだろうか。信じられなくて頸を手で押さえると、琉麒は白露の身体を反転させて寝台の上に押し倒した。 「り、琉麒?」 「たまらない匂いだ、白露……っ」  琉麒は目尻を赤くして白露の中衣を剥ぎ取ろうと性急に帯を解いたところで、ハッと理性を取り戻し自身の右手を左手で押さえた。  息を荒げながら白露から飛び退きよろよろと立ち上がる琉麒の瞳からは、今にもはち切れそうな情欲が灯っているのがありありとうかがえた。 (僕の香りが琉麒に作用している。間違いない、発情期が来たんだ……!)  白露は嬉しくなって、ずくずくと熱を持つ身体を持て余しながらも艶然と笑みを浮かべた。  緩慢な動作で自ら靴を脱ぎ素足を晒すと、魅入られたかのように動けないままの琉麒に向かって両手を広げる。 「来て琉麒、遠慮しないで。僕は琉麒と一つになりたい」 「……っ、やめてくれと言っても、止められないかもしれない。いいのか?」  腕に跡がつくくらいギリギリと握り締めてようやく正気を保っている琉麒の手の甲を、誘うように撫でる。 「大丈夫。ちょっとは怖いけど、それ以上に琉麒と一緒に気持ちよくなりたいんだ」  手を引っ張って寝台の方へと促すと、琉麒は靴をほっぽらかす勢いで脱ぎ捨てて白露の上に乗り上がってきた。  伽羅の匂いに恍惚としながら彼の帯を引っ張ると、琉麒は瞳を欲情にギラつかせながら衣服を脱ぐ。  白露の肩に引っかかったままの中衣もまたたく間に剥ぎ取られ、生まれたままの姿になる。同じく全裸になった琉麒の胸板に手を当てて、白露は胸を高鳴らせながら彼の秀麗な顔を見上げた。

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