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第86話

 せっかく素敵な礼服姿がやっと拝めたのに、もう脱ぐのかと惜しくなった。誘いを遠回しに断ると琉麒は秀麗な眉を寂しそうに下げる。 「私はいつでも君に触れていたいのに、君はそう思ってはいないのか?」 「僕だって琉麒に触ってほしいよ。でもせっかくかっこいいんだから、もうちょっと素敵な婚礼服姿を見ていたいなって思ったんだ」 「白露が望むなら、何度だって身につけてあげよう。君もたいそう美しい、気高くて触れるのが躊躇われるほどだ」  そう言いながらも琉麒は衿の中に手を入れて、鎖骨の形を確かめるようにして指先を動かしている。触れられたところがくすぐったくて肩を竦めた。 「っ、言動が一致してないよ?」 「正直なところ、ここ数日白露に触れられていなくて飢えているんだ。君の甘い芳香に包まれたい」  寝台の方に手を引かれて、白露は素直についていく。結局のところ、白露だって琉麒とくっつきたい気持ちは同じだ。自ら複雑に結われた帯を解きはじめると琉麒がぽつりと告げた。 「実は君の両親には、手紙を託した伝令兵を向かわせていたんだ。披露宴に間に合うようにと早めに手配したのだが、皇都のことはよくわからないし畏れ多い話だからと、列席を断られてしまった」 「えっ、そうだったんだ」  白露はまだ文字をかけない上に、せっかく手紙を書いたところで両親だって字が読めないのだからと、婚礼することすら端から知らせる気がなかった白露は心底驚いた。  楽観的な両親のことだから、里に帰って来ないのならきっと白露は番を見つけて幸せに生きているだろうと思うはず。そう信じてもらえるものだと決めつけて、連絡すら取る気がなかった自分を恥じた。 「披露宴には出られないが、もしも時間をとってもらえるのなら白露の幸せな姿を一目見たいと言っていたそうだ。春になったら筍を持って会いにきてくださるそうだよ。その時はまた婚礼衣装を身につけて、私からもご両親に挨拶をさせておくれ」  琉麒が白露の両親にまで気を使ってくれているのがわかって、じんわりと胸が温かい感情で満ちていく。帯を解いて婚礼衣装を脱ぐと、同じく身軽な中衣姿になった琉麒の元へと飛びついた。 「っありがとう琉麒! 里の筍はとっても美味しいんだよ、絶対にみんなで一緒に食べようね」 「ああ。とても楽しみだ」  白露は心の赴くままに琉麒に口づけを贈った。彼はすかさず白露を抱き留めて口づけに応える。段々と深くなるキスと甘やかな香りは、幸福に満ちていた。

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