85 / 86

第85話

 扉が閉まった途端、白露は勢いこんで琉麒に尋ねる。 「ねえ、僕大丈夫だった? ちゃんと琉麒の番として立派に振る舞えていたかな⁉︎」  シャラシャラ頭飾りを鳴らしながら詰め寄ると、琉麒は硝子の幕越しにもはっきりとわかる様に頷いてくれた。 「堂々としていて見事だった。白露は本当に勤勉だ、まさか平民出身だとは誰もが信じないだろう」 「お母様、怒ってなかったっ⁉︎」 「あれは最上級に機嫌のいい時の顔だ。どうやら気に入られたみたいだね」 「そうなんだ……よかったあ。ああでも、琉麒について聞かれたら、なんてお話したらいいんだろう?」  琉麒は額に手を当てて苦笑いをする。 「あの人には誰も敵わない、聞かれたことを答えればいいと思う」 「そっか……いやでも僕、がんばって琉麒のかっこいいところをたくさん伝えるからね! 実際にかっこよかったし」  後から考えれば、民衆の前で皇帝様を振るなんて大それたことをしてしまった。それにも関わらず琉麒は怒ったり術を使って白露に言うことを聞かせたりせず、冷静に話しあってくれた。 (やっぱり僕の琉麒は最高にかっこいい。お母様にもそう伝えよう) 「ふふ……ありがとう白露。また太狼にからかわれずにすむ」 「なんでお母様に話したら、太狼にからかわれるの?」 「あの二人は仲がいいからね。二人とも他人の話に興味津々で、噂話を流す腕も天下一品だ。もっとも普段はその能力に助けられている身だから、一概に悪いとも言えない」  白露が幻の存在と噂されるパンダ獣人であることは、番が成立してから大々的に世間に告知されていたらしい。  しかし皇帝とその番の不和説は、白露のやらかした別れ話のせいで、まことしやかに世間でささやかれていた。  太狼が新しく皇帝とその番の仲良しエピソードを吹聴しまくったお陰で、現在ではオシドリ夫婦のように思われているとのことだ。 「私に任せて微笑んでいるだけで式をやり過ごすことだってできたのに、よくぞここまでやり遂げてくれた。君を誇りに思うよ」  琉麒はそっと頭飾りを持ち上げてとり外してくれた。赤地に金の麒麟とパンダが彩る礼服を着た彼をようやくまともに見ることができて、白露の頬は嬉しさに緩む。 「ちょっとは琉麒の力になれた?」  白露はもう、皇帝と同じような能力を持って彼を助けようという、大それた考えは持ち合わせていなかった。 (僕にできることは、皇帝の番として求められるように振る舞うこと。そして琉麒の側で彼の番として寄り添い、彼を癒したり求められた時に役に立ったりすることなんだ)  華族言葉もかなり覚えたし、文字も以前よりわかるようになっている。けれど楽器は吹けないしまだ子どもだって成せていない。それでも白露は琉麒の側にいていいんだと思える様になった。 (焦らず少しづつ、できることをやっていけばいいんだ。琉麒と一緒にいられるなら、きっとなんだって乗り越えていける)  想定していたよりも忙しい獣人生だけれど、充実している。彼さえいれば白露は幸せでいられるし、無理して背伸びをしなくたって琉麒は白露のことを愛してくれるんだと、今では確信できていた。  褒め言葉を期待して彼の麗しい顔を見上げると、慈しむような優しい目つきで見返される。 「十分すぎるほどだ。だがまだ、一番大切な勤めが残っている」 「勤めって……」  白露が戸惑ったように問い返すと、途端に琉麒は青玻璃の瞳を怪しく煌かせて白露の首筋を指先でなぞった。 「初夜の花嫁がどのように夜を過ごすのか、まさか知らないとは言わせないよ」 「う……っ、し、知ってるよ、もちろん。でも……まだ夜じゃないよ」  番も成立してあんなに熱い夜を過ごしたというのに、白露の腹はまだぺたんこなままだ。通常オメガは発情期に番と交わると高い確率で妊娠するらしいが、やはり白露は普通のオメガとは違うようだ。  けれどもう、白露は焦ったりしなかった。琉麒と一緒ならばどんな困難だって乗り越えていけると信じている。

ともだちにシェアしよう!