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第84話

 扉が開かれ、外に出たようだ。明るい光を受けてますます硝子の煌めきが激しくなる。レースの隙間から目を凝らしてみると、赤い祝提灯と飾り布で装飾された通路の向こう側に、たくさんの兵士や華族が控えているのがわかった。  今日初めて会う予定になっている琉麒の両親も、この中にいるのだろうか。キョロキョロと周りを見回したい衝動を堪えて、前だけを見据えて歩いていく。  赤い絨毯の途中で黄金に輝く髪が見えた。こんなに視界が遮られていても見間違えるはずがない愛おしい人。逸る心を持て余しながら、一歩ずつ近づいていく。  琉麒が手を差し出すと魅音の手は離れていった。ここからは番同士の二人が歩いて儀式の場へと向かう。  赤い絹に金環の刺繍が施された立派な幕の手前まで、転んだり躓いたりせず優美に歩くことができた。  用意された交杯酒を交互に飲み干すと、周囲からは祝福の声が上がる。火花の術を使う者が空に色とりどりの花を爆発させ、場は最高潮に湧いた。  その後設けられた歓談の時間には、琉麒と白露の前に四獣華族をはじめとする華族達が波のように押し寄せ、二人を口々に祝ってくれた。  ことわざを交えながらかけられる声に白露は世間知らずな反応をよこしたりせず、落ち着いて気の利いた返答をすることができた。太狼や虎炎、秀兎も我先にと祝いの言葉をかけてくれる。 「皇上、結婚おめでとうございます! 二人とも末長く幸せになってくださいよ!」 「感無量でございますな。お二人の行く末に幸福が満ち溢れるよう願っております」 「式も衣装も白露様の華族然としたお姿も、何もかもが素晴らしいです。皇上の治める泰平の世がこれからも続くと確信致しました」  口々に浴びせられる声に、皇帝は品よく華やかな笑みを浮かべた。 「皆、ありがとう」 「皇上を助け、皆の期待に答えると約束するよ」  皇帝の隣で萎縮することなく気高く振る舞う白露の成長っぷりを前にして、秀兎は瞳を潤ませながら何度も首を縦に振っていた。  琉麒の両親である麒麟獣人の元皇帝と、そばに控える白ギツネの獣人である元皇后様にも、しきたりにしたがってお茶を振る舞うと快く歓迎される。  お二人の前には堂々と赤い竹細工のカゴが鎮座していた。意外にも周囲の調度品と上手く溶けこみ、風格まで漂わせている。 (色を入れると高級品みたいになるんだ、よかった)  一息ついた白露の側まで、皇后様が顔を寄せてくる。なんだろう、笑っているけど本当のところは、贈り物に不満だったりするのだろうか? 「貴方ね、息子を民の面前で袖にしようとしたのは」  ピクリと肩が跳ね、シャラリと硝子の膜が音を立てた。固まる白露の目の前で、皇后様はにんまりと目尻を緩めた。 「度胸があって大変よろしい。直接お話するのを楽しみにしているわ。二人きりになった後の息子の反応はどうだったのか、後で詳しく聞かせてちょうだいね。ふふっ」  ドッドッとうるさく刻む心臓を宥めながら、なんとか頷き返す。琉麒を見上げると、軽く首を振って頬を染めていた。それから白露の視線に気づいて、大丈夫とでも言うように、形のいい目を細めて微笑んでくれた。  全ての進行を滞りなく終えた後、皇帝は周囲に響き渡る声で告げる。 「皆、真心のこもった祝言に礼を言う。宴席を楽しんでくれ。私達はこれで失礼する」  温かい視線に見送られながら、再び琉麒に手を引かれて披露宴会場から退席した。彼の部屋に入るまでは気の抜けた姿を見せられないと、白露は優雅に見えるよう歩くことに全神経を集中させる。  琉麒はそんな白露に手を添えて、共にゆったりとした歩調で渡り廊下を歩いていく。琉麒の私室に着くと部屋番の護衛からも口々に祝福され、卒なく返答を返した白露はやっと琉麒と二人きりになることができた。

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