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第32話 葛藤 ④

「嫌か嫌じゃないかって聞かれたら、嫌だけど……」  立ち去ろうとする拓海の背中に、雅成が抱きつく。 「本当は拓海に愛される時、誰にも見られず二人っきりで愛し合いたい。でもステージで愛されてる時は、みんなに僕がどれだけ拓海に愛され抱かれているか見せつけられるから、嫌じゃない」 「それでも他の男い触られるだろ? それも嫌じゃないのか?」 「嫌に決まってる。でもいつも拓海が傍にいてくれて、僕を守ってくれる。ステージの後は、僕の体を気遣いながら、何もかも忘れるぐらい深く愛してくれる。僕は拓海に愛されて癒されて、満たされていくんだ」 「……」 「だからね拓海。今回のステージ、きちんとするよ。そこで見せつけてやろうよ。僕たちがどんなに愛し合っているか。太客だからって遠慮はしない。僕は拓海だけに愛されて達するんだ」 「雅成……」  拓海は愛おしそうに雅成の頬に手を当てる。 「キスしていい?」  雅成は聞いた。 「いつもそんなこと言わずにするのに、どうして今日は聞くんだ?」  愉快そうに拓海は笑い、雅成に覆い被さるように身を屈める。 「ずっと言いたかったんだ」 「え? 何を?」  雅成の言葉の意味がよくわからないと、拓海は首を傾げる。 「ずっと言いたかったんだ……。拓海、愛してる……」  拓海が息を呑む。  拓海と雅成の周りの時の流れが止まる。  見開かれた拓海の目に涙が溜まり、涙が頬を伝う。  次第に見開かれていた目が細く目尻が下がり、整った顔をくしゃっと歪め泣きながら微笑むと、 「もう一回……言って……」  夢か現実か確認するかのように、拓海が言う。 「拓海、愛してる……」 「もう一回言って」 「愛してる。拓海」 「もう一回」 「拓海、愛してる」 「もう一回」 「愛してる。拓海」 「もう一回……」  雅成は拓海の両頬を両掌で包み込み、 「愛してる。誰よりも、何よりも。拓海さえいてくれれば、ほかには何もいらない」  拓海の瞳をしっかりと見つめながら言った。 「拓海、愛して……んん、ンン……んン……」  言い終わらないうちに、唇を、口内を貪られる。  息なんてできない。  鼻腔をくすぐる拓海の香と、絡み取られる舌。  全てを食い尽くされそうになる深いキス。  意識が遠くなっていく中、雅成はこのまま命が尽きてもいいと思った。  愛する人に「愛してる」を伝えられ、胸の中でどうしようもなくなっていた気持ちを伝えられて、幸せだった。  もうこの先、幸せが来なくても、不幸しか訪れなくてもいいと思った。  この瞬間が幸せなら、その後は虚無の世界でもいいと思った。

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