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第44話 すれ違い ③

「無理して自分の幸せを決めてしまわんでええ。ゆっくり考え。それでもし、一人で苦しくなったら誰かを頼ればええ。みな、全力で雅成の力になってくれる。焦らんでええ。一つひとつ、今自分がしたいことだけをしていけばええ。きっと道は開ける」  嶺塚が微笑んだ。  その目は初めて雅成と出会った時と同じような、暖かさがあった。 (今自分がしたいこと……) 「これで、最後にします。僕は……僕は……拓海の元に、帰りたいです」  もしかしたら、このまま会わない方がいいのかもしれない。  このまま拓海の前から消えてしまった方が、いいのかもしれない。  きっとそうなんだと思う。  きっとそれが正しい答えなんだと思う。  自分がこの世からいなくなり、拓海が一人になった時、笑顔で過ごしてもらうことですことを第一考えたら、拓海の前からいなくなるのは一日でも早い方がいい。  そう思うが、いつか離れ離れになってしまうのなら、今だけは、今回だけは、拓海の元に帰りたい。  また次も、その次も『今だけは』『今回だけは』を繰り返すかもしれない。  でも、今だけは、今回だけは、どうしても拓海の元に帰りたかった。  広い胸の中に飛び込んで抱きしめられ、「おかえり」と頭を撫でて欲しかった。  今度こそ、拓海の優しく包み込んでくれる感触、大きな手の温もりを、仕草を、声を、香を、全身に刻みつけたかった。  自分の最後の瞬間まで、拓海を感じられるようにしたかった。  拓海が傍にいないと、体がバラバラになってしまいそうで耐えられなかった。 「そうか。森本、呼んでやれ」  森本が嶺塚に頭を下げて、病室を出る。 「お義祖父様、呼んでやれって……」 「あいつは、拓海はこの病院内におるんや。面会謝絶で会われへん言う(ゆう)ても、毎日わしに追い出されるまでここにおる。まぁ、追い出されたとしても、家には帰らず病院前でずっと待っとるから、実質はずっと:病院(ここ)におるんやけどな」 「ずっと……」 「雅成の傍におらんかったら、体がバラバラになってしまいそうや言う(ゆう)てな。雅成もそうやったん違うか?」  言い当てられて、嶺塚には敵わないと思った。 「お義祖父様はなんでもお見通しなんですね」 「そんなことはない。ただわしも同じような想いをしたことがあっただけや」  嶺塚が窓の方に車椅子を移動させると、雲ひとつない青空を見上げる。 「天国がもし存在するんやったら、目に見えんでええから、近くにあって欲しい。そう思わんか?」 「え?」  嶺塚が話す意味を聞き返そうとした時、病室の引き戸が勢いよく開かれ、 「雅成!」  息を切らした拓海が飛び込んできた。

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