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第75話 拓海の想い ①

 拓海に抱き抱えられ会場から脱出した雅成は、そのまま救護車で治療を受けながら空港へ行き、自家用ジェットで国を出る。  複数の医師に囲まれて治療を受ける中、拓海が愛しい人を見る目で雅成を見つめながら、ずっと手を握り、頭を撫でてくれている。  まるで夢を見ているようだ。  体の中を暖かな血が流れていくのがわかる。  手を握ってもらっていないと、ずっとふわふわして今にも飛んでいきそう。  拓海に見守られ、暖かな木漏れ日の中にいるようだった。  視界がゆっくりと白くなっていく。 (ああ、やっと拓海に会えたのに……このまま死ぬの……かな……) 「拓、海……」  呼びかけると、 「愛してるよ雅成。今はゆっくり休みな」  拓海は雅成の額にキスをした。  そのキスはまるで魔法のように、心地よい眠りに雅成を(いざな)った。  ベッドで眠る雅成の霞んだ視界が、徐々に輪郭と色彩を取り戻し始める。  焦点が合いはっきりと見えるようになった時、一番初めに飛び込んできたのは雅成の顔を覗き込む、不安気そうなミモザの顔だった。 「ミモ……ザ?」  名前を呼ぶと不安気だった表情がぐしゃりと歪み、涙が後から後から流れてくる。  最後にミモザに会ったのは、あの国を追放した時。 (これが夢でなければ、無事に保護されたんだ……)  ミモザの頬に手をやると、涙で濡れた頬は暖かかった。 (よかった……夢じゃない……)   あの後ミモザは雅成を信じ勇気を振り絞り、見知らぬ土地で治安の悪そうな見知らぬ人に声をかけ、助けを求めたのだ。  雅成は自分がしたことが無駄だったのではないかと、ずっと気掛かりだった。  でも無駄ではなかったとミモザが証明してくれた。 「ありがとう……ミモザ……」  涙が溢れる。  だがミモザは、 「雅成さん。ごめんなさい、ごめんなさい……」  涙を流しながら何度も謝る。 「私達だけ逃げて、雅成さん、置いていった……。ごめんな、さい……」  それは違うと雅成は思う。 「ミモザは僕を、助けに、来てくれた。拓海を連れて、助けに、来てくれた……。ありがとう、ミモザ」  頬を撫でてやると、ミモザは雅成の手の上に自分の手を重ね瞳を閉じ微笑んだ後、その手を離し席を立つ。 「おかえり」  ミモザがいた席に座わり、雅成の手を取ったのは穏やかに微笑む拓海だった。  握られた手から拓海の体温が伝わる。 「ごめんな、さい……」  拓海を深く傷付け「ただいま」なんて言えるはずがなかった。 「違うよ。今は『ただいま』だよ。おかえり、雅成」 「……ただいま」  優しく頭を撫でてくれる拓海の手が大きくて、全てを包み込んでくれているようだ。  出逢った頃と変わらない。  全てを包み込んでくれる暖かさ。  優しい眼差し。  全てで愛してくれていると感じる。  拓海の愛の中で、自分は生かされていると感じる。  でもあんなに傷付けたのに、手放しで拓海の優しさに甘えてしまってもいいのだろうか?  雅成はわからない。 「愛してるよ雅成。ずっと俺のそばにいて……。結婚しよう」 「え?」  言葉の意味を理解する前に、拓海は雅成の左手薬指に、小さなダイヤがたくさん埋め込まれたリングをはめた。  雅成の指に光るリング。  見覚えがあった。  以前、二人で出掛けている時に店のショーウインドーに飾られていたのを雅成が見て「素敵だな」と言ったリングだった。 「これ……」 「俺さ、自分の誕生日に雅成にプロポーズしようと思って、用意してたんだ。俺が一番欲しのは雅成とのこれからの人生なんだ。一緒に過ごす時間なんだ。どんな時も、雅成の隣にいたいんだ」 「……」 「結婚はただの契約だっていう人もいるけど、俺は二人で歩むと決めた証でもあると思う。今までと変わらない生活の中で、今までと変わらない幸せを感じながら、これが当たり前ではないと感じ生きていきたいんだ。雅成がそばにいてくれるのことが奇跡なんだと、実感していきたいんだ」 「……」 「だからお願いだ。俺を人生の伴侶に選んでくれないか?」  まっすぐ自分に向けられた想い。  嬉しかった。  今まで生きてきた中で、こんなに強く胸を貫く熱い想いを伝えられたことはなかった。  雅成もずっと拓海の隣で生きていきたい。  どんな些細なことも、二人で共感してして同じ時間を過ごしていきたい。  すぐに「ハイ」と答えたかった。  でも雅成に残された時間は、もうほとんどない。  多分拓海と一緒にいても、寝たきりになってしまうだろう。  それなのに一緒にいてもいいのだろうか……。  返事をに躊躇した。 「安心してください、雅成さん。治療薬が完成しました」  拓海の背後からルイが顔を出した。 「え!?」  驚きで体を起こそうとしてしまったが、ルイに止められる。 「ミモザちゃんの国が共同で研究してくれて、つい一週間前、完成しました。効果は俺の体で実験済みです」  力こぶを見せたルイの笑顔は、生命力がみなぎっていた。 「だから安心してください。俺たち(・・・)は死にません」 (死なない? 僕たちは……僕は、死なない?)  問うように拓海を見ると、拓海は大きく頷く。 「雅成、俺と結婚してくれる?」  拓海が言い終わらないうちに、雅成は涙でぐちゃぐちゃになりながらも微笑み大きく頷くと、 「ハイ」  何重にも重なった幸せを噛み締めながら、答えた。

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