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第76話 拓海の想い ②

 嶺塚の病院に着くと車椅子に乗り、健康状態の検査を受け森本の研究室に向かう。 「雅成様!」  ドアを開けた瞬間、すでに泣いていた森本が雅成の方に駆けてくる。 「私のせいで、申し訳ありません。申し訳ありません」  床に頭を擦り付けながら土下座した。  雅成は車椅子から降りるとしゃがみ、森本の顔を覗き込みながら肩に手を置く。 「怪我は大丈夫でしたか?」 「え?」  予想もしなかった言葉に、森本は驚き顔をあげる。 「僕のせいで危険な目に遭わせてしまって、ごめんなさい」  そう言うと、森本の目から大量の涙と鼻からは鼻水が流れだす。 「雅成様〜〜!」  雅成に抱きつきそうになったのを、拓海によって静かに止められた。  大号泣した森本がなんとか落ち着きを取り戻し、雅成は何種類かの検査をした。  結果は良好。  救護車からの治療が功を成していた。  完治までには、まだまだ時間はかかるが、確実に治ると言われ、 「本来、私は検査入院をお勧めする立場なのですが、今日は家に帰ってゆっくりしてください」  と、森本は車を出し、雅成と拓海をマンションまで送った。  車から降りると、拓海は雅成を抱き抱え部屋に向かう。  拓海の胸に耳をあてると、心音が聞こえる。  玄関から室内に入ると、懐かしい香がする。  二人で過ごしていた時と変わらない、香がした。  拓海は寝室に入ると、雅成をベッドに寝かせ布団をかける。 「拓海……」  名前を呼ぶと、 「ん?」  いつものように返事をしてくれる。 「迎えに来てくれて、助けに来てくれて、僕を許してくれて、ありがとう……」  助け出してくれてから、ずっと言えていなかったことを、やっと伝えることができた。  また愛しい人の元へ帰れるなんて、思ってもみなかった。  あれほど酷いことをしたのに、迎えにきてくれるとは思ってもみなかった。  病気に治療薬ができて、未来のことを考えられるようになるとは、思ってもみなかった。  拓海とこれからもずっと一緒にいられるとは、思ってもみなかった。  拓海はベッドのヘリに座り、雅成の手をとる。 「もしも俺が雅成と同じ立場で同じことをしたからって、雅成は俺のことを嫌いになれるのか? 離れられるのか? もう愛することをやめられるのか?」  訊かれた。 「絶対にできない……。嫌いになんてなれないし、離れることなんてできない。愛することをやめるなんて絶対にできない」 「だろ? もし俺が誰かに拉致されたらどうする?」 「世界中這いずり回ってでも、探し出してみせる」 「もし俺の身に危険が迫っていたらどうする?」 「なにをどうしても、絶対に助け出す」 「雅成これはね、許す許さないの問題じゃないんだ。俺がどうしたいかだけなんだ」 「……」 「俺が絶対に雅成を全ての問題から助け出す。そう決めただけなんだよ」 「……」 「雅成は俺の全てなんだ。雅成がいない世界なんて、俺にはありえないんだ。だから俺は今、雅成がここにいてくれて、俺を見つめてくれている。それが最高に幸せなんだ。だから俺は雅成が帰ってきてくれて、本当に嬉しい」 「……」 「おかえり、雅成」  拓海はそっと雅成を抱きしめる。 「ただいま……」  やっと帰ってこられた。  二人の家に。  思い出がたくさん詰まったこの家に。  やっと帰ってこられた。  拓海の元に。  何の秘密も持たずに帰ってこられた。  暖かな胸に抱きしめられることが、こんなに尊いものだと気付かされた。  

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