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最終話
ふかひれ、ツバメの巣、北京ダックなどの高級料理がテーブルを埋め尽くす。美味しそうな匂いと食欲をそそる見栄えに、自然と腹が鳴った。だが俺はおあずけを食らった犬のように、それらを頬張る二人を見ていることしかできなかった。
綾は両頬をリスのように膨らませ、遠慮など微塵もみせずにどんどん皿を空にしていく。反対に夫の坪内編集長は困惑の表情を浮かべたまま、どうすればいいのかわからない様子だったが箸はきちんと動いている。
「こんなに注文して大丈夫か?」
「いいのよ! あなたも遠慮しないでたくさん食べて。じゃないと割に合わないし」
「え、でもこれは俺たちの結婚祝いだろ?」
「あーそうだったわね。理由なんていいのよ。どんどん食べて」
すいません、と綾は従業員を呼び追加注文をしていた。それを止める権利など俺たちにはない。
こういうところは図々しいというか、強かと言うべきか。メニューに書いてある価格を計算して、懐具合を確かめるなんて惨めなことをしている自分が悲しくなってくる。
隣に座った橋倉は目を丸くし、料理の数々を凝視している。そりゃこんだけ注文されたら、ビビるよな。橋倉も金の方は大丈夫なのだろうか。
「ツバメの巣って黄色いんですね」
「は?」
「もっと雪みたいに白いのかと思ってました」
「はあ……」
橋倉の見当違いな発言に頭が痛くなってくる。斜め上をいく解答に俺は自分の愚かさを呪った。
精算するとき値段の高さに声がでなかった。それは橋倉も同じようで浅黒い肌が青白く変色していた。お互い財布の中身を見せ合って、一円単位で割り勘をした。もうちょっと遠慮くらいしろよ、と綾を睨んでも素知らぬ顔で流された。
「あんたが早退した日、尻拭いしたのは誰でしたっけ?」
「はいはい、女王様。その節はお世話になりました」
「よろしい」
橋倉と再会した日、綾のお陰で元サヤというか恋人になったわけだが、そのお礼にこうして高級中華を奢らされるはめになった。
ネットで味の評判をリサーチし、雰囲気や店員の接客も吟味に吟味を重ね綾が選んだ店だ。俺たちは結局一口も食えなかったけれど。
ぐいと背中を押され、入り口で立っていた橋倉にぶつかった。
「じゃあ私たちはこっち行くから」
綾は坪内編集長と腕を組み、人波の中に消えてしまった。せめて御馳走様の一言くらい言えないもんかね。
「はあ……これからも綾にパシられるのか」
「それはないと思いますよ」
「どうして?」
「谷崎ーー綾さんがこれでチャラね、あとはお幸せに」と伝えてくれって」
「あんにゃろう」
俺には一切そんな素振りみせなかったくせに。
「随分、仲いいんですね。お互い信頼しているというか」
「普通じゃない? 仕事の付き合い長いし」
子どもみたいに下唇を突き出すのは、機嫌が悪くなった証拠だ。橋倉はけっこう嫉妬深いことを付き合ってから知った。
さすがに一度寝た仲だから、と言うべ気状況ではないことはわかっているけど。
本当に俺は愛されているのか確かめたくなってしまう。
「妬いてる?」
「ものすっごく」
「橋倉は子どもだなぁ」
「あなたに対してだけです」
腕を引っ張られ橋倉の顔が一気に近くなる。あ、の思う暇もなく唇が重なりすぐに離れていった。
「莫迦!」
「はやく行きましょう」
手を無理矢理繋げさせられ、引っ張られながら歩き始める。斜め後ろから覗くと橋倉の耳が赤い。
を
もう何度も肌を重ねたというのに中学生みたいな甘酸っぱい空気は二人して苦手だった。
胸がこそばゆくなり、小さく笑った。
橋倉も口角を上げて愛しさを滲ませた視線を寄越してくれる。
笑い合いながら、指を強く絡ませた。
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