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第13話
自然と足はホテル街へと向かっていた。
お馴染みとなったホテルに入り、橋倉は「風呂に入りたい」と言ってそのまま浴室へと姿を消した。
高揚した気持ちに休止符を置かれてしまい、身体中に駆け巡る熱を鎮めようと努めても、キングサイズのベッドやシャワーの音を聞いてしまうと否応なしに意識してしまう。
所在なさげに部屋をうろうろしたり、ベッドに座ってみたりしてみて、そういえば橋倉も初めは落ち着かなかったなと笑った。彼なりに緊張していたのかもしれない。
何となくスーツのポケットを探ると、携帯電話が着信を知らせるランプが点滅している。画面を開くと、着信相手の名前をみて、仕事を放り投げてきたことを思い出した。
「やっべ、綾に殺される」
社会人としてあり得ない所行に、どれだけ橋倉のことで頭がいっぱいだったが思い知らされる。仕事も身に入らず、ただぼんやりと過ごしていた日々がもうずっと昔のように感じた。
「とりあえずメールだけでも」
「大丈夫ですよ」
大きな手のひらが携帯を覆い、首筋に唇が落とされる。ふいうちだったせいで、身体が大きく跳ねた。
「大丈夫な訳ないだろ。俺、仕事途中で投げてきたんだから」
「全部、谷崎さんのお膳立てなんですよ」
「は?」
「俺があそこの駅にいたことも、ポストカードのことも全部谷崎さんの助言通りに行動しただけです」
「てことは、綾の手のひらに踊らされてたのかよ」
俺は肩を落として項垂れた。
ずばずばと傷をえぐるような暴言を吐きながらも、実は人の機微に敏く誰よりも人情に厚い女なのだ。橋倉との関係に薄々気付かれているようだったが、ここまで首を突っ込まれると思わなかった。
大方、橋倉がいなくなってからの落ち込みようを見ていられなかったのだろう。
綾には大きな借りを作ってしまった。これを返すのは骨が折れる。
「お節介な女だ」
「それだけ碓氷さんのことを心配してたんですよ……ちょっと妬けるけど」
そのまま俺に覆い被さり、ベッドの上に縫いつけられた。濡れたままの髪から水滴がぽたぽたと落ちる。
欲に濡れた瞳に見下ろされ、俺の喉は鳴った。
いつも酒の力に任せて腰を振っていたが、いまは素面だ。意識がはっきりしている分、橋倉の存在を意識させられ、脈打つ心臓がクリアに聞こえる。
「何度でも言います。あなたが好きだ。もう俺以外の人としないでください」
「……莫迦」
とっくにそうだ、と続けて橋倉の首に腕を回し自分の方に引き寄せた。
「普段は目泳いでるくせに、こういうときは真っ直ぐ見るんだな」
「碓氷さんの全部を見逃したくなくて……嫌ですか?」
「好き」
「……煽らないでください」
合わさった唇が深くなり、舌を強く吸われた。呼吸すら奪うような荒さに、ぞくぞくと背筋を駆け上がる。
橋倉の指が足の付け根の奥に触れた。蕾の輪郭を丁寧になぞり、ゆっくりと指先が押し入ってくる。
「んっ……くう」
「息吸ってゆっくり吐いて、力抜いてください」
「わかってる。けど、久しぶりだから」
二ヶ月ぶりに受け入れるそこは、橋倉の形を忘れてしまったように固く閉ざされていた。力を抜こうと浅く息を吐いても、僅かな痛みで肩が強ばる。酔っぱらってないから無駄な力が入るのだ、とすぐにわかったが橋倉をきちんと感じたかった。
「ごめんなさい。余裕ないです」
額にびっしりと浮かんだ汗を橋倉は乱暴に拭った。堪えるように眉を寄せ、下半身ははちきれんばかりに主張している。
同じ男だから我慢させてしまっていることが痛いほど伝わる。無理矢理にでも突っ込めば楽になれるのに、橋倉はこんなときでも俺を気遣ってくれている。
一方的にぶつけようとしないで、俺のすべてを受け入れようと熱を注いでくれる。橋倉のやさしさに泣けてきた。だからきちんと応えたい。
「もう一気に突っ込んで」
「でも……」
「早く満たされたいんだ」
浅いところを抜き差ししていた指を奥へ誘うために腰を揺らした。
ぐっと圧迫感は増したが、指の第二間接を越えると痛みの中に僅かな快楽が生まれた。
「あっ、あ……んっ」
「痛くないですか?」
「ん……平気」
「もう一本増やします」
ローションを垂らし、さらに指が増え押し広げられた。ぐいぐいと肉壁を押され、ようやっと橋倉の形を思い出したか柔らかくなってきた。
「んあっ、んん」
「我慢できない」
指を引き抜かれると橋倉は俺の足の間に身体を入れ腰を進めた。ゆっくりと中に入ってくる質量は、指よりも大きい。浅く息を吐きながら、受け入れようと身体の力を抜く。
「あっ、ああ!」
「全部、入りました」
橋倉の額が俺の肩に押しつけられ、汗で湿った髪を撫でた。発情した身体は火傷しそうなほど熱くて、このまま溶けてしまいそう。
身体の中心を貫かれ自由がきかない。足も大きく開かされ、普段使わないような筋肉を稼働させているので節々が辛い。
けれど結合部分から橋倉の熱を注がれ、そこから愛しさが身体中に伝染していく。繋がってる、いま橋倉と一つになっている、と実感でき涙が勝手に溢れた。
もっと動いて欲しいのに橋倉は律動をするどころか、俺の身体を抱き込み丸まってしまった。
「ど、した?」
「すぐにイっちゃうのが勿体なくて……もう少し碓氷さんの中にいたいんです」
「おまえ莫迦だな。何度でもヤればいいだろ」
「……碓氷さんがタラシなのは天性のものですね」
「なに……ん、あっ!きゅ、に動くな」
気を抜いた隙に、腰を鷲掴みされ激しく揺さぶられる。屹立が何度も中を擦り、ぐちょぐちょと水音が大きくなる。
「あっ、ああ……も、だめ」
「俺も。一緒に」
俺が果てるのと同時に中に熱いものが注がれ、頭の芯がじんと甘く痺れた。
顔を見合わせると鼻頭を擦り、小さく笑いあって、キスをした。
胸が温かくてやさしい気持ちになる。橋倉の存在が愛おしい。胸の虚無感はどこかへ姿を消し、代わりに際限なく満たされていく。
これを幸せっていうのかな、と呟くと橋倉はえくぼを深く刻ませた。
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