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第1話
保健所に行ってくると伝えたら、無知なセフレに『犬みてぇ』と笑われた。
馬鹿め、保健所が犬ばかり相手にしてると思うなよ。
僕の会社では、毎年保健所で健康診断を受ける決まりになっている。
時刻は午前8:40。2階の待合室は、既にほぼ満席だった。
8:15から受付が始まっていたのに、駐車場が激混みだったせいで近くのパーキングを探さざるを得えなかった。お陰で完全に出遅れた。
ため息を吐いて受付を済ませると、
「お小水をここまで、この線の所までお入れ下さいね」
と、慣れた手つきの男性看護士。からの、渡された紙コップ。
やば、こっちも忘れてた。
こんなことなら朝トイレ我慢してくるんだった。
内心焦りながら個室で小便を絞り出すと、なんとか看護士所望の25mlギリギリは出てくれた。
更衣室で指定された紺色の検診衣は、上衣が着物の裾のように前開きになっている。これを素肌の上に直に着ろというのだから、かなりエロいと思う。
素足にスリッパを履かされ、ペタペタと廊下に出て待合席に腰を下ろす。右を見ても左を見ても、同じ服装のサイズ違いがずらり座って、妙な感じだ。
性別も年齢も職業も違うのに、みな一様にスマホと身ぐるみを剥がされて、画一的かつ頼りない布きれみたいな服を着せられ、いつその前開きをめくられるかも分からない恐怖に怯えるように、目を泳がせている。
真面目で滑稽。なんて日本人的。
鼻を鳴らして視線を前に向けると、手前の空席がふいに埋まった。
キシッ、と控えめな音と共にパイプ椅子に腰をかけたのは、僕より少し年下に見える、22、3くらいの男だった。
色素の薄い髪色に、白い肌。樹脂か何かでできた琥珀色のメガネ越しに見える、ベージュ色の長いまつ毛。
喉仏が目立つ華奢な首に、鎖骨が浮き出た白い胸元。
曲げた左腕の窪みには橙色の小さな枕のような物が載っている。なんだ、アレ?
謎の枕はそれなりに重量があるようで、男は枕がずり落ちないか気にするそぶりをしながら、じっと腕を見つめている。
つられて僕も、そこを見る。
検診衣から伸びる腕は象牙色で、薄い皮下にはいく筋もの血管が浮き出ていた。
押したらきっと、心地よい感触がするのだろう。
思わず触れてみたくなる。
男はときどき、つらそうに眉を寄せた。
どこか痛いのか、持病でもあるのか。
そりゃあれだけ色白で華奢なのだから、多少体が弱くても不思議じゃない。
身じろぎするたび、僅かに揺れる検診衣。
その合わせ目、めくってみたい──。
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