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第13話 やっと起き上がれるようになった

「用件って言うのはね? 実は命を狙われていて……」  ほう、と頷こうとして、出来なかった。 「え?」  一瞬、ジジイが何を言ったのか理解できなかった。  それでもさすがは竜である。すぐに平静さを取り戻す。 「とり、とりあえず泥沼よ。客人が来たのだ。すのことお茶をよよよ、用意するがいい」 「落ち着いてオキン。私、すのこに座るの?」  平静を取り戻せていなかったかもしれないが、泥沼はすっと部屋を出て行った。  咳払いすると、オキンは手の上の葉巻を弄ぶ。 「そこに書き損じた紙があるだろう? そこにその命知らずの名前と人相と特徴を描いておけ。見つけ次第、もみじおろしにしておいてやる」  言って、紙を投げる。 (よりにもよってこのジジイの命を狙うとは)  キミカゲの妹とその子どもたち(オキン含む)すべてを敵に回す行いである。もはや自殺と変わらぬ気がするが、そいつは頭がおかしいのだろうか。  それかよほどの大物か。  なるほどそう考えると年甲斐もなくわくわくしてくる。成竜となったオキンより強い生き物に出会う機会など、そうそう無い。他の兄弟たちに先を越される前に見つけださねば。取られてしまう。  これは楽しい戦いが出来そうだと、くっくっと喉の奥で笑う。  確かに隅っこに書き損じのある紙片を眺め、思い出すように呟く。 「ええっと。魔九来来(まくらら)研究員の者……だと言っていたね」 「魔研か。では伯父貴はくつろいでいるといい。すぐ戻る」  葉巻をくわえたまま立ち上がり、出て行こうとする竜の足にしがみつく。 「待って待って! 早いよ。え? 彼らのアジトの場所、知っているの?」  銀の目が鬱陶しそうに細められる。 「ワシらの情報網を舐めているのか? やつらは前触れもなくアジトの場所を変えるが、そのたびに先回りして菓子折りを持って挨拶に行っている」  すごい。すごい嫌がらせをしている。 「そ、そうなの?」 「うむ。つまらん連中だが、たまに面白いものを造り出す。ワシとワシ周辺の人物に手出しをしないという約束で生かしておったのだが。そうかそうか。伯父貴を狙うとは……。喧嘩を売られたと解釈していいな!」  ぐわっとオキンから闘気が放たれる。屋敷が怯えるように震えたが子分たちは慣れているのか、ちらりと顔を出しただけ。玄関で蜘蛛の巣と戦っていた女性は捕まえた蜘蛛を庭の花の上に逃がしては、のほほんとほほ笑んでいた。 「……ええっと」  このまま放置……じゃなくて、任せておけば確実にアジトは地図から消え去るだろう。ニケも心置きなく宿に戻ることが出来て万々歳だ。だが問題がある。オキンが今現在勘違いをしている、という点。  狙われているのはキミカゲではなく、ニケなのだ。  これを黙っていて、もしばれたら、問答無用で今度はくすりばこが消される。  それに。いつもなんやかんやで、正確な情報を教えてくれる彼に、嘘をつきたくはない。 『どうぞ』 「え?」  マジですのこを持ってきた泥沼が、甥っ子の足にすがりついているおじいちゃんという、この状況に疑問をいだくことなくすっと差し出してくる。  すごい。すごい空気読まない。 「あ、ありがとうね」  引きつった笑みで礼を言い、歩き出そうとする甥っ子を見上げる。 「ちょっと待って。話を聞いて最後まで」 「一分ほどで帰ってくるから、伯父貴は菓子でも頬張っておれ。餅のような喉に詰まりやすいものは控えよ。よいな?」  白衣を掴んで引き剥がそうとするが、今日のジジイはしつこかった。 「待って! 私がくすりばこを大事にしているのは、知っているだろう? 壊さないでくれ」 「? ボケたのかジジイ。ワシが周辺の土地ごと消し飛ばすのはやつらのアジトで……」 「命を狙われているのは、私では、ないんだよ!」  屋敷内の温度が、氷点下まで下がった気がした。  噴火の予兆を感じ取った野生動物並みの勢いで、子分たちが我先にと部屋から飛び出す。普段から避難訓練でもしているのか見事な逃げっぷりであった。狼狽えていないのは古参の者たちだけで、泥沼も影の中に即行で身を沈める。 「……ではなにか? 曖昧な言葉でこのワシを謀り、いいように動かそうと企んだわけか?」 「んもう。なんでそうなるの。君が勝手に勘違いしただけだろう? 知らんぷりしようと一瞬思ったけど、ちゃんと真実を言ったじゃないか」  わずかな怯みもなく即言い返してくるあたり、自分の威嚇は目の前の年寄りに通用しないのだと悟る。まだまだ修行が足りないようだ。  そんな感情は微塵も表に出さず、銀の瞳は剣呑に細められる。  だがそんなことで怯んでくれる人物ではない。ぷんぷん怒りながら立ち上がると、キミカゲは腰に手を当てた。 「話は最後まで聞きなさい」  挙句にこんなことまで言ってのける。  数百年経っても敵わないことを痛感し、オキンは目まいでも覚えたように眉間を揉む。  そのニケとやらが何者かは知らんが、身内以外のことであまり動きたくないのがオキンである。しかしキミカゲに貸しを作る良い機会だと考え、ひとつ頷く。 「よかろう。なんとかしてやろう。だから、今すぐ、帰れ」  護衛に子分を数名貸し出せばいいだろう。  どっと疲れた気がする。だからこのジジイに構いたくないのだ。  そんな心情に気づくはずもなく、キミカゲはもっとお話ししたそうな表情を見せる。 「頼りになるよお前は。でも、もう少しお話を――」 「はいはいはい! 十分経ちましたよキミカゲ様!」  どすどすとやってきた長髪の女性に、強制退去させられた。 「そんなわけで、給金はしっかりボスから頂いているっすよ。すげえ疲れた顔してましたけど」 「……そう、です、か」  ホクトがさらっと語ってくれた内容に頬を引きつらせる。甥っ子とはいえ、よくもまあ竜の屋敷に突撃訪問できるものだ。普段は動きたがらないくせに、子どもが困っていると行動力が跳ね上がる。  翁に助けられてばかりだなぁと、幼子は肩を落とす。  居間兼診察室に戻ると、キミカゲと高速でうちわを扇いでいるミナミ。そして――患者用の衣ではなく普段着の着物姿のフリーが出迎えた。 「……!」  ほああと口を開き、ニケの目が輝く。  フリーが起き上がっている!  彼が何か言おうと口を開きかけたが、それより早くニケがスライディングで近寄ってきて、向かい合う形で膝に乗っかった。 「おい。起きてきて平気なのか? 頭は? 熱は? 吐き気は? 身体の具合はどうだ? どうなんだ? 報告しろ早く!」 「あぅあぅ」  控えめに揺さぶられる。いつもならヘドバンする勢いで前後に揺さぶっているのだろうが、病み上がりの身体を気遣ってくれているのだろう。それか単純に、キミカゲに叱られたくないと思っているだけか。  汗だくの顔でフリーは苦笑する。 「も、もう大丈――」

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