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第19話 ふれあい広場
「いますぐモフモフを補給しないと……」
「ひっ………」
ホクトから一秒遅れて、リーンも危険を感じ駆け出そうと身を翻したが、遅すぎた。伸びてきた手に襟首を掴まれ逃亡を阻止される。呆れた目のニケも拾い抱きしめると、二人纏めて頬ずりした。
「ああああああっ。なにが起こっている? 何が起こっている今!」
「ほわああああ~っ。幸せ~。これが両手に花……ってこと?」
ニケの頬はもっちもちのもっちもち。汗ばんでいるというのに、リーン先輩の肌は粉砂糖のようにさらさらしていた。もちもちとさらさらを同時に味わえるなんて。なんて幸せなんだ。
満面の笑みのフリーは、顔の動きをさらに速くする。
「うわあああああ! 放せってええええ!」
「……」
暴れるリーンの横で、目を細めてされるがままのニケ。こちらは満たされた表情である。やれやれ仕方ないなという雰囲気を出すのを忘れてしまっていた。
「おい! 俺様にもふもふ要素ないだろ! 放せ、今すぐ」
リーンは牛に似た耳に、額に小さな粒角がふたつあるだけだ。毛の生えた尾があるわけでもない。それなのになにがモフモフ大好き野郎の琴線に触れたのだろうか。
腕から逃れようと力を入れつつ喚くと、フリーの瞳がこちらを向いた。
「ひっ」
「先輩の耳……気になっていたんですよね。触りたいな~って……。触ってみると案外やわらかくてふわふわかもしれない」
リーンは暴れるのも忘れて青ざめた。そういや、鬼と対峙した時もなんか言っていたような。
「いま両手塞がってて触れないので、舐めてみてもいいですか?」
悪魔のような声だった。
目は見開かれ、表情らしきものはない。フリーの薄い唇から、真っ赤な舌がだらりと垂れ下がって出てくる。
リーンは光輪を失った時以上の絶望顔で絶叫した。
「ぎゃああああああああっ!」
断末魔を背に、ホクトはようやく足を止めた。建物に隠れ、そっと顔を出す。逃げ出して正解だった。なんだあの地獄は。ニケさんはヒスイとかいう奴に狙われているという話だったが、その前にあの白い奴を排除した方がいいのではないだろうか。
(でもニケさん。嫌がっているにおい、しないんすよねぇ)
あれが嬉しい、のだろうか。ちょっと信じられないが嫌ではないのなら無理に助けるのもあれだし。
ハラハラして見守っていると、ふと白い奴の動きが止まる。次の瞬間、フリーの首がぐるりとホクトの方を向いた。ばっちりと目が合う。かなりの距離があったというのに。
ばっと弾かれたように、ホクトは建物から手を離した。
(えっ? 気配は消していたのに)
ダッと、二人を抱いたままのフリーが駆け出す。明らかにこちらに向かってきている。
「なんなんすか、あの人! なんなんすか、あの人おおぉ」
夏の太陽の下で繰り広げられるホラー劇場。だがキミカゲはそれを見もせず、己の白衣を不満げな顔で摘まんでいた。
(私もふかふかの毛皮とか着たら、フリー君、引っ付きにきてくれるのかなぁ?)
一人だけ完全に眼中にナシされているキミカゲは寂しそうにうつむく。キミカゲだってあんな熱烈に抱きついてきてほしい。拗ねた子どものように頬を膨らませる。
毛皮の発注を真面目に思案しているおじいちゃんの背中で、震えているミナミが相方とそれを追う白の化け物を涙目で見つめていた。
数十分後。解放されたリーンは熱い地面に足を投げ出し、ニケにもたれかかる。
「おい……フリーのやつどうしたんだ? あんなやつだったっけ? 大人しい奴じゃなかったっけ?」
「最近暑さでバグってるみたいで。ちょいちょいあんな風になります……」
「へえ(恐怖)」
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