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第20話 漁村

♦ 「……」  余計なことまで思い出し、ニケは頭を振る。  そのあと、フリーは高い所が苦手と言うことが判明した。嫌がる彼を乗せるのにまた時間を食い、出発できたのは昼に差し掛かる時刻だった。  土色の砂浜。心地よい波の音。水面に日光が反射し、眩いほどに煌めいている。上空では海鳥が滑空し、みゃあみゃあと鳴き声をあげていく。  港には大小さまざまな船が停泊し、紅葉街とはまた違った人々の活気で満ちている。  海に面した村――住民の生業が漁業に依存する漁村、である。  大きく腕を伸ばして背伸びしていると、その手をそっと掴まれる。目だけで後ろを見ると、フリーが上げた両手をやさしく握っていた。  目が合うとふわりと微笑む。  とてもヒトの意志を無視して抱きついてきたり、嫌がる相手に頬ずりしたりするような男には見えない。  ニケは口を曲げてため息をつく。  ――どうやらバグは治ったようだな。  やれやれと耳を掻いていると、リーンと護衛ズも「船」から下りてきた。 「はー。自分の力以外で飛ぶのって、なんか変な感じだぜ」 「おい、ミナミ。しっかりしろ。深呼吸するんだ」 「ううう……。酔った。吐きそう」  ニケ、フリー、護衛ズ、リーン。この人数を乗せることのできる駕籠(かご)などないので――そもそも駕籠は一人乗り――ニケたちが代わりに使ったのは船だった。  年季の入った木製の船で、青年三人と少年ひとりとお子様一名を乗せても十分な広さがある。船だけでも相当重いのだ。全員乗りこめばかなりの重量がぶら下がることになるが、メンダコはすいすいと空を浮遊した。この辺は流石妖怪と言ったところか。膨らんだ風流風船(ふうせん)は空が透けるほど薄い黄緑色になり、とても美しかった。  疲れたのか、いまやすっかり元の大きさに縮んだ風流風船は、リーンの頭上で目を回している。帰りのためにもしっかり休ませてやらねば。  ちなみにこの船は紅葉街から少し離れた「船の墓場」から拝借してきたもの。「何か」が憑いているのか、アキチカの結界に阻まれて街に入らなかった。まあ、頑丈ならなんでもいい。  怖いものが苦手なニケは「別に怖いわけではない」とかなんとか言いながら、ずっとフリーの着物の中に居り、リーンが声をかけても到着するまで籠城を決め込んだ。フリーの着物は巨乳のように膨らむし、なにより暑かったが、 そのおかげでフリーはずっと元気でいられたのは良かった。  花柄の手ぬぐいで風流風船をおくるみすると、着物の中に仕舞う。 「去年ぶりだぜ。青真珠村。変わってねぇなぁ」  リーンはどこか自慢げに周囲を見渡す。  海辺にある民家はどれも無骨な石を積み上げた壁に、屋根は板を置いただけのような簡素な造りで、飛んでいかないようにと手ごろな石が乗せてある。この季節はいいのかもしれないが冬場は隙間風に悩みそうな家だ。  ここの住民は気にならないのか。不便な牢屋住まいが長かったフリーは低く唸る。  そんな後輩の顔色を察してか、リーンが隣に並ぶ。ふたりの間に手を伸ばしてもぎりぎり触れられない距離があるのは、出発前の出来事のせいだろう。船の中にいた時よりは縮まっているとはいえ、友情にヒビが入っているじゃんかと、ニケは口を出さなかったが呆れた。 「どうした? 嵐が来れば飛んでいきそうだなとか思ってんのか?」 「え? まあ、はい。紅葉街みたいなしっかりした家屋を想像していたので……」  物理的に距離ができ、寂しくなったのか敬語に戻っているフリーにため息を吐く。 「海辺にあるとどうしても台風の被害に合うからな。津波やら強風やら」  流されようが飛ばされようが何度だってここに家を建ててやる! という住民の潔さと逞しさを体現した家がこれなのだ。毎年壊れると分かっているから、壊れる前提の家を建てる。  フリーはそれならもっと内陸に住めばいいのでは? と首を傾げる。 「被害に合うと分かっていて海の側に住んでいるんですか?」 「その方が沖に出るとき、いちいち船を持って行かなくていいしな。ま、その他にも故郷を大事にしたい、ここに住みたいという想いがあるんだろうぜ?」  故郷ときくと嫌な思い出しか蘇らないフリーには、分からない想いだった。 「そういうものですか」  理解できないという顔をするフリーに、複雑な気持ちになるリーンはいつもの星空着物に、白の羽織を羽織った余所行きの姿だ。ニケも薄着で、フリーも髪を束ねている。  そのなかで黒い羽織姿の護衛ズはかなり浮き気味だが、これは彼らの正装兼鎧替わりなのだ。守ってもらう側が脱げとは言えないし、というか脱いだら多分ミナミが倒れる。 「「「……」」」  三人で見ないふりをしていたが、やはり気になり振り返ると木の根元でミナミが蹲っていた。  口元を押さえ、先日までのフリーのように顔色を悪くしている。その肩をホクトが励ますように叩いていたが、三人の視線に気づくと顔を上げた。 「すんませんっす」 「あの。宿でも取りましょうか? ミナミお、兄ちゃんは休ませてあげた方が」  日帰りの予定なので宿を取るつもりはなかったが、吐き気が収まらないのなら横になった方がいいだろう。フリーが寝込んでいたせいかニケは他人の体調不良に過敏になっていた。  そんなニケが提案するも、ホクトは真顔で首を振る。 「あ、こいつのことは気にしなくていいっす。放置して行きましょうっす」  リーンは吹き出しかけた。 「いやいや。置いてっちゃだめでしょ」 「護衛がこんな様では何かあった時、もう肉壁にするくらいしか役に立たないっすよ」  同僚を当然のように盾にしようと考えている狼に、口元が引きつる。 「あの、俺がおんぶしましょうか?」  頭痛吐き気の苦しみがよく分かるフリーは、ミナミの隣でしゃがむ。同情からの優しい申し出だったが返ってきたのは総ツッコミだった。 「んなぁ? 誰の気分転換旅行だと思っとんじゃ?」 「お前は一番ゆったりしてなきゃダメだろまた倒れる気か? 無理しても誰も喜ばないっつったのもう忘れたんか。アア?」 「フリーさん。気持ちは嬉しいっすけど……。貴方が倒れるのがなにより困るんすよ」  フリーは船の影でいじけた。砂に指で「みんなが優しい。スキ……」と書いている。  このままでは他の誰かが背負うと言いかねない。(見た目)最年長のホクトは首の後ろを掻くと、ミナミの襟首を掴んで片手で持ち上げた。そのまま米俵のように肩に担ぐ。 「ぐええええっ。その持ち方やめて吐く……」 「護衛のあっしらが真っ先に心配かけて、申し訳ないっす」  ミナミが何か言った気がするが無視して肩を落とすホクトの足を、ニケがぺちぺち叩く。 「お気になさらず」 「うっし! じゃあ、砂浜に行こうぜ」  うずうずした様子のリーンが先導する。  数分も歩かぬうちに土から砂へと変わっていく。熱々の砂は、踏むときゅっきゅと音を立てた。  唯一草履を履いているフリーが驚いたように片足を上げる。 「うわわっ。熱いね。砂が熱されてる。えっと……みんなは裸足で平気なの?」  リーンはこの前、下駄を装着していたように思うのだがいまは素足だ。あの下駄はどうしたのだろうか。 「なんだ? 草履履いていても耐えられないか?」

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