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第22話 島海老
星空と白のまだら模様になった上着に袖を通し、偉そうに腕を組む。
「じゃあ、もう一度説明するぞ!」
ただぼーっと時間を潰すのもあれなので、リーンは船で話したことをおさらいし始めた。
「はい。フリー君! ここに何をしに来た? 気分転換以外でな! 目的を言ってみろ」
教師のようにフリーを指すと、「あ、はい」と彼は律儀に正座をした。でもすぐに「あつ」と言って立ち上がる。
「潮干狩り、でしたっけ? 塩狩りでしたっけ?」
「最初のであっているぞ」
ここ数年。夏になると青真珠村は他村からの観光客でごった返すようになっていた。
理由は砂浜を見れば分かるだろう。……いまはちょっと人ごみでよく見えないが、波打ち際には無数の石ころのような欠片が落ちている。
これは海の魔物・島海老(しまえび)の一部。海老だがヤドカリのような貝を背中に乗っけ、悠々と海を漂う。魔物に分類されているが主食はオキアミで大人しく、一度目を閉じると百年は昼寝するという。こののんびりした性格は、その大きさ故に外敵があまりいないせいだろう。
サイズは名前の通りちょっとした島ほどあり、常に海面から出ている貝の上には砂土が積り緑に覆われ、魔物だとは気づかずにヒトが暮らしていたという話をよく聞く。住んでいた小島がまさか魔獣の貝殻の上だとは思うまい。魔獣だと気づいたのは島海老(しまえび)がくしゃみをして島民全員が海に投げ出された時だ。
あれはあれで楽しかった――と、「島海老の島」の絵本に出てくる変わり者の主人公は笑顔で語っている。
青真珠の海岸には島海老(しまえび)の貝殻、その破片が星のように流れつく。島海老は脱皮の際、貝殻も生え変わる。捨てられた貝殻はもろくなっており、海を漂ううちに砕け宝石のように磨かれ丸くなり、浜へ打ち上げられる。
豊かな土と緑に覆われていて見えないが、島海老の貝殻は本来虹色をしており、そのため青真珠の土色砂浜は夏の間、ステンドグラスのように鮮やかに飾られる。
ほんの数年前までさびれた漁村だったのが嘘のよう。島海老が脱皮する場所を変えたせいだと判明し、その恩恵をもろに受けた青真珠村の人々は喜んだ。
だがニケとしては、あのはた迷惑な集団が関係していると思えてならない。
いや、彼らの仕業であるという証拠を出せと言われても無いが、魔九来来(まくらら)研究員たちはそんな疑惑を持たれてもなんの言い訳もできない組織である。疑うなという方が無理だった。
だがまあ、いまは置いておこう。フリーの気分転換に来ているのだ。暗い空気にさせたくない。というかこんな日くらい、奴らのことを忘れたかった。
ニケは振り払うように頭を振る。
「一応言っておくと、こんな色とりどりな砂浜はここだけだからな? すべての砂浜がこんなんだと思うなよ?」
「え? そうなの?」
ショックを受けたような顔をするフリーに、ニケとリーンは苦笑する。
「ニケさんの言う通り。で、だな。ええっと……」
リーンは周囲に首をめぐらすと、砂浜に一人歩いていく。腰を曲げて何かを拾うと戻ってきた。
背後から突き刺さるものを感じたが気にせず、拾ったものをみんなに見せるように手のひらに乗せる。
「これが島海老の欠片。通称「海星石(かいせいせき)」だ。「海老石(えびいし)」とか「虹の宝石」とかいろいろ呼び名があるけど。海星石で統一されてきている。どうだ。宝石みたいできれいだろ?」
「ニケの瞳の方がきれいかな? おばっ」
しげしげと欠片を眺め、真顔で感想を述べたフリーをニケがどんと蹴とばす。
ぼすっ。
茂みにまで吹っ飛んだフリーを誰も助けに行く様子がないので、ホクトが恐る恐る回収しに向かう。
「これ、魔九来来(まくらら)防具にもなるんですよね?」
赤い欠片をつつく顔の赤いニケに頷く。
「そ。貝殻だし、宝石としての価値は低いけど、島海老が持っている力は俺たちにはありがたい」
島海老の貝殻からは、魔物を近寄せつけさせない成分が常に流れ出ている。これが島海老ののんびりした性格に拍車をかけているのだろう。こうして砕けた後も、その効果は続く。
約十年といったところか。その辺の魔九来来防具に比べれば長持ちする方である。
「たった十年で効力はなくなるが、海星石(かいせいせき)は魔除けとして大人気だ」
十年を「たった」といえるあたり、星影にとって十年などニケたちの一年にも満たないのだろう。キミカゲにとっては、いや考えるのは止そう。
ぐるぐると目を回したフリーを引きずって戻ってきたホクトも会話に加わる。
「あっしらの羽織にもいくつか使われているっす。青色の欠片が一番希少、なんっすよね」
赤、オレンジ、黄色、黄緑、緑、青、紫と七色の欠片。たまに二色混じった欠片も見つかるがごくわずか。大抵は一色で、そのなかで青色が一番魔除けの効果が高い。他の色は魔獣が近寄ってこない効力だが、青色は唯一魔物が脱兎のごとく逃げ去るという。
お帰り、とリーンは手を振ってホクトをねぎらう。
「そうそう。だから青色は一番高値で買い取ってくれるぜ」
青真珠村は海星石で観光客を集め、金を落とさせている。宿もきれいと評判だし土産物店もたくさん。しかし観光客の一番の目当てはこの潮干狩り……もとい海星石狩りだろう。もちろん海星石狩りをするには許可が必要である。
青真珠村の広場に行き役所で手続きをして、バケツと熊手と許可証を貰う。帰る時には返品しなくてはならないが、熊手が星柄で可愛い。欲しければ土産物店で売っている。
独り占めを防ぐために、一日に海星石狩りを出来るのはひとり一時間まで。安いかんざしが買えるほどの金額を払い、一時間の許可を得るのだ。
拾った海星石は買い取ってもらうか、持ち帰るか。持ち帰るにはまた別料金が必要だが、ニケたちは小遣い稼ぎできているので問題ない。
当然ながら、許可証がないのに海星石を拾うと罰せられる。なので、さっきから監視員の目が痛い。
痛い痛い。本当に痛い。
リーンは説明終えると、海星石を監視員に手渡しに行った。説明しているだけと分かってくれたようなので、監視員がじりじりと迫ってくるだけで助かったが、本来なら問答無用で取り押さえられている。
監視員の中に黒羽織の者がひとり混じっている。海星石泥棒は後を絶たない。だが、ただの村人がそういう賊を捕らえるのは厳しい。なので、護衛兼監視員としてオキンの子分が雇われているのだろう。オキンは優秀な子分の貸し出しもしているため、こういう場ではたまに黒羽織を見かけることもある。
そのヒトが他の監視員を説得してくれていたようだ。丁寧に礼を言っておく。
リーンが戻ってくる頃にはフリーも起き上がっていた。
「ほへー。お金が落ちているようなもんなんですね。でも、こういうのって国のお偉いさん方が独占したりしないんですか?」
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