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第27話 おめでとうございます
「それよりさ。ニケさんはどうでした? 俺はなぁ、青は見つからなかったけど、紫めっけたんだよ! ほら見ろ!」
差し出してくるバケツの中を同時に覗く。そのせいでごちんとニケとフリーの頭がぶつかり、当然白い方が倒れた。
「うぐぐぐぐ……。どうせならほっぺとぶつかりたかった」
なぞの遺言を残すフリーを無視して、ニケはぱちぱちと瞬きする。黄色が多めのバケツの中に、確かにある紫の欠片。
かなりの小粒だが、ニケはぴょんと飛び上がった。
「すごいじゃないですか!」
リーンは鼻の下を指で擦る。
「へへん。ニケさんに褒められるとそれなりに嬉しいな」
「まあ僕は青色を見つけたんですけどね!」
両手を砂浜についてリーンは落ち込んだ。
「いや、喜んでくださいよ」
「上げて落とされた……」
そこに若干呆れ顔のホクトとミナミがやってくる。つまり時間切れである。
「はい。お疲れさんっす。受付に行って、換金してもらうっす。十分以内に砂浜から出ないと、出禁になるっすよ」
それは困る。一番近場の、宿泊施設のある海がここなのだ。出禁になればより遠い村や町へ出向かなくてはならなくなる。
もう帰らないといけないのかと思うと、ニケはそっと息を吐いた。
「海って楽しいな……。日帰りじゃなくて、一泊くらいしてもよかったかな」
誰にも聞こえないように呟いたつもりだったのだが、大きな耳のホクトにはばっちりと聞かれていた。
「あれ? ニケさん。泊まりたくなったっすか?」
はきはきとした大きめの声に、ニケはブッと吹き出す。
「ほあっ。いやその!」
カァっと顔を赤くするニケに、全員の視線が集まる。
「借金返し終えて、自由に金使えるようになったらいつでも来ればいいじゃん? あ、俺様も誘ってくれよ?」
「そうそう。来てほしくないけど、夏って毎年どうせやってくるんでしょ? 毎年来れるじゃん、海に。先輩がいれば一日で来られるんだし」
「あ、もしかして俺様じゃなく、風流風船(ふうせん)目当て?」
「は? 何抜かしているんですか? 抱きしめますよ?」
「なんっでだよ!」
言い合う洗濯屋コンビを置いておいて、ミナミは上機嫌でしゃがむと、科を作って笑いかける。
「護衛じゃなくなっていたとしても、個人的に俺も誘ってくださいよぉ? お兄ちゃんがついていってあげる~。保護者必要でしょ~? でれでれ」
「お前、ニケさんに話しかけるときいつも気持ち悪くなるよな。気持ち悪いぞ?」
「なんで二回言うの?」
年上たちから気にかけてもらい、ニケは真っ赤になっているであろう顔を隠したくなった。バケツを被ろうかと思ったが、欠片が全部こぼれてしまう。しょうがないのでフリーの後ろに隠れた。
「あのっ」
恥ずかしさに耐えきれず早く受付に行こうと声を上げかけたのに、フリーがなにか思い出したように手を叩いて遮る。
「そうだ! 見てくださいよ。ニケが見つけたんですよ。青色です」
押し合いをしながらバケツを覗き込む護衛ふたり。
「おお。ニケさんすごいっす! 受付に貼ってありましたけど、青い欠片見つけたの、ニケさんで六人目じゃないっすか? やるっすねぇ」
「うんうん。お兄ちゃん、鼻が高いよ」
「むぐううぅ」
複数人に褒められ、耐えきれなくなったニケはぴゅーと受付に向かって走って行く。
「あ、ニケ」
「ばか! ばかもう! バケツ持ってこいよもう」
受付の隣にある換金所。
許可証と熊手を返した足で換金してもらおうとバケツを三つ並べると、係のヒトが湧いた。
「あ、青色だァ。しかもかなりの大きさ。よく見つけましたね! お客さん」
「なんという幸運。わたしも青色見たの初めて……」
「宴だあぁっ。者ども集まれええ」
海賊のように高まる係の方に、ニケたちは気まずそうに視線を泳がせる。換金所につくまではそれなりにニケたちも盛り上がってはいたのだが、自分よりテンション高いヒトを見ると冷静になってしまう現象のせいで、今は熱狂から覚めた気分である。
「青?」
「青色だって?」
どたどたとハッピを着た係の者が奥から出てきて、誰が青い欠片を見つけたんですか? と興奮気味に訊ねてくる。
フリーたちは一斉にニケを指差した。
「え? ちょ、ちょ何! ……あーれー」
「「「わーっしょい。わーっしょい」」」
胴上げされる幼子を眺めながら、ホクトは腰に巻いていた羽織に袖を通す。
「青真珠村のヒトたち、元気っすねぇ」
「換金所に持ってきたってことは、青い欠片は自分たちのものになるんだし。そりゃ嬉しいっしょ。あと、発見者が増えればそれだけ、あとに続こうと観光客も増えるだろうし?」
冷静に分析するミナミに、半目を向ける。
「同意見だが、お前がまともなこと言っていると気持ち悪いな」
「はっはっは。やるんですかー? 海なら負けんぞ」
ガンつけ合っている二人を尻目に、誰よりも背が高いフリーは係のヒトたちの手に落ちてくる前に、ニケをキャッチした。
目を点にするニケと係の者たち。フリーはぼさぼさになった黒髪を手櫛で整えると、一同を見下ろしてほほ笑む。
「そろそろ返してください」
「あ……はい」
「はしゃいですいませんでしゅ……でした」
半分腰が抜けたような状態で業務に戻っていく係のヒトに、同情めいた視線を向けつつリーンが白い肩をぽんと叩く。
「急に冷水ぶっかけんなって」
「だって潮干狩り中、ニケにあんまり構ってもらえなかったんだもん」
ぎゅっとニケを抱きしめるフリーに、「だもん、じゃねえ」とあきれた面持ちで頭を掻く。
「子どもかお前は」
「あ、もちろん先輩も好きですよ?」
「なにがっ? 今そんな話してなかったよな? それといつまで敬語で喋ってんだお前コラ」
軽めに尻を蹴られ、フリーは目を見開く。
「あの! なんか俺よく尻を攻撃されるんですけど、されるんだけど……なんで?」
「ちょうどいい高さなんだよ。俺だって本当は頭叩きたいわ。気ぃ遣ってしゃがめよ」
「叩かれるために⁉」
誰も見ていないだろうとフリーの肩に高速頬ずりをしていると、係の者に妙にほほ笑ましい顔で声をかけられた。
「あの~。お客様。ふふっ」
ぐああああ。見るな。
「お待たせいたしました。全部でこの金額になります」
そろばんを弾き終えた係のヒトが重そうに、どんっと袋を机の上に乗せる。青真珠村と書かれた袋に硬貨がみっちりと詰まっている。換金に来ていた他の観光客の方々が「おおっ」と驚きの声を上げた。
係のヒトが思い出すように目を閉じる。
「いやあ、素晴らしい。団体さんはよくこれだけ稼いでいきますけど、たった三人で紫まで見つけたのは、貴方たちが初ですよ」
この袋絶対重いだろうなとフリーが息を呑んでいると、地面に下りたニケはあっさり持ち抱えた。
「どうも。ありがとうございます」
丁寧に礼を述べる幼子に、係のヒトが身を乗り出す。
「それで、あのですねぇ。青色を見つけた方の名を書いて貼り出させてもらっているんですけど、坊ちゃんのお名前も、記載してよろしいでしょうか?」
「え? うーん……」
全然かまわないのだが、もしその名前をヒスイに見られたらと思うと、なんか嫌だ。「ほうほう。ニケ様、潮干狩りを楽しんでおられたようで」などと、ヒスイに思われたら生理的に嫌だ。
少し悩んだ末、ニケがたどり着いたのは祖父の名前だった。翁しか使っていないであろうあだ名。祖父も面白がって許してくれるはず。
「では「アビー」でお願いします」
「はい。ありがとうございます。坊ちゃん、いえ、アビー様!」
わあわあと、ハッピを着たヒトたちが七色の紙吹雪を投げてくる。この元気はどこから出てくるんだろうか。踊りだしそうな雰囲気だったので、ニケたちは逃げるように換金所を去った。
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