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第57話 ダイジェスト夏

 フリーが夏を嫌いにならないよう、ニケは全力で夏を楽しむことにする。別にフリーと遊びたかったわけではない。そう、夏を嫌いにならないようにとの心遣いである。  まず、蚊帳(かや)。  蚊帳とは蚊文(かぶん)や害虫から守る網で、四方を吊って寝具を覆う。  血を吸う生物に好かれやすいのか、夜中にしょっちゅう噛まれて搔きむしっているフリーのために、キミカゲが設置してくれた。  蚊帳に感動しているフリーの頬に蚊文(血を吸う虫)が止まったのでビンタすると蚊文は逃げていった。フリーは吹っ飛んだ。  次に、「こがねうを」。ようは小金魚である。  大きな陶器の器に入れて上から見る「上見」が正しい鑑賞法らしい。街に吊るされる提灯にも、小金魚が多く描かれている。それを見ながらフリーと夜の散歩をするのはなかなかに乙だった。あまり長い時間散歩していると、くすりばこの前で翁が心配げに立っているので、街一周とかは出来なかったのは残念。  でも羽梨までは行けたので、レナから預かっていた財布の中身を賽銭箱に入れることが出来た。財布を逆さまにするとじゃららららっとすごい音がした。宮司さんが怪訝な顔で見てきたが何も言われなかった。  雲ひとつない日。暑さでよく死にかけているフリーに、巨大西瓜(野菜)を差し出す。  川の水で冷やしたそれはとびきり冷たくて甘く、裏庭でふたり並んで種を飛ばしてみる。たまにリーンがふらりとやってくるので、裏庭の大きな木の下で夢中で食べた。リーンの食べている西瓜にカブトサンムシがとまり、フリーには毛虫が降ってきた。フリーのあんな悲鳴を聞いたのは初めてで、リーンと共に西瓜を吹き出した。後日、フリーが大きな木を呼雷針(こらいしん)で切ろうとするのを、翁が必死に止めておられた。  時には逃げ水に驚く。  夏。熱せられた地面の表面が、水で濡れたように見える不思議(気象光学)現象。近づくとそれが遠方に逃げて行ってしまうように見えるためそう呼ばれる。リーンはそれを見て「地鏡」だと言っていたので、珍しいものではないようだ。  花火と屋形船。  炎天の月も終わりに差し掛かった日の夜。紅葉街のど真ん中を流れる雨生川(あまうがわ)に涼み船が浮かぶのを、フリーと見物にきた。大小の船が浮かび、漆で艶やかな朱色に染められ、金胴の金具をつけて煌びやかに装飾。まるで贅を競うかのような大きな船もちらほら見える。  川の周辺は祭りのように人々で賑わい。提灯や軽食を売り出す人も現れ、かすかに良い香りが漂う。そんな中、見回りで訪れていた浴衣に黒い羽織を肩にかけたホクトとミナミにばったり遭遇。ニケはホクトに嬉しそうに話しかけ、フリーはいい笑顔でミナミを追いかけ回していた。  どーん、どーんと夜空に花が咲く。人々や屋形船で賑わう水面に鮮やかな色が移り、視線が上を向く。そのまま四人で花火を楽しむことになり、花火初めてのフリーが「何この音。雷? 雷?」と騒ぐので三人がかりで説明した。 花火に見惚れるフリーの横顔を見つめながら、スルメを齧るニケ。花火に夢中になってくれてホッとするミナミ。そんな三人に苦笑し、ホクトは夜空を見上げる。  美味しくて中盤からスルメに夢中になっていたが、良い夏の思い出になったと思う。  ホクト達に送ってもらい、くすりばこへ帰ってきた。 「今年の夏は、どうだった?」  これで相変わらず「夏はクソです」と言われたらもうお手上げだが、フリーは「うーん」と悩む素振りをすると、こちらを向いてにこっと笑う。 「暑いのは嫌だけど、楽しかった。薄かった思い出が一気に分厚くなった感じ。雪崩村にいたら味わえなかった……。でも一人じゃここまで楽しくなかったと思う。皆と出会えたから、ニケがいるから笑えたんだと思う。ありがとう」  フリーがいる。皆がいる。正直、宿にいるときよりも賑やかで楽しい。こんな日が続けば良いと浸っていたら黒小僧、つまりヒスイが襲撃してきたので若干トラウマ気味だが、何度でも言おう。  こんな日が続けばいい。  ニケは照れたように鼻の頭をかく。 「ふん。……まあ、僕も今年の夏は楽しかったな」 「えへへへへへ~」  フリーがぎゅっと抱きついてきた。ニケもしっかり抱きしめ返す。 「うんうん。良かったねぇ」  傍で聞いておられた翁が流れてもいない涙を手ぬぐいで拭っている。  そしていらん一言をこぼす。 「まあ、残暑はきっついけどね」 「……なんです? それ」  炎天が去り九番目の月、野分(のわき)の月が訪れる。  二章はここでお終いです。読んでくれてありがとうございます!

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