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「以前、一緒に仕事をした家具メーカーの方です。うちとは合わない企業さんなので、もう依頼は受けないようにしてるんですけどね。なかなか分かってもらえなくて」
加納のうんざりとした口調から、男が招かれざる客だということが分かる。
「あ!加納さん」
スーツの男が加納に気づき、駆け寄って来た。
「ノンアポで突然すみません。新規案件の依頼をお願いしたく、お邪魔いたしました」
加納はため息をつき、冷めた視線で山崎を見る。
「山崎さん、今後は仕事をご一緒することはないと、前回のプロジェクト終了時にお伝えしましたよね?」
「ええ……前回は色々と不手際があり、申し訳ありませんでした。でもあの時は、こちらも複数の案件が重なっていまして……」
顔を引きつらせ、謝罪と言い訳をする山崎に加納は首を振った。
「僕の回答は変わりませんよ。あなた方の誠意のないやり方は、僕たちの信頼を失いました。なので再び一緒に仕事をするつもりはありません。……彼をお送りしなくてはいけないので、失礼します」
山崎に一瞥を送りながら、加納が響を出口方向に促す。
苦々しい表情の山崎と目が合った。
「……信頼ですか。ああ、だからオメガ相手にはお仕事を?バース性に囚われない会社だって、イメージアップになりますもんね」
響の首にあるカラーに目を留め、山崎が蔑むような笑みを浮かべる。
加納が顔をしかめ、山崎へ一歩踏み出すのを響は片手で制止した。
「加納さんの事務所は、今さらイメージアップする必要なんてないと思いますよ」
響は山崎に向かって薄く笑う。
「デザインのセンスも技術も一流です。それに、仕事相手を選ぶ目も、確かなようですし」
暗に、山崎の依頼を断り、響と仕事をしているのは正しい判断なのだと告げてやる。
まさか響に言い返されるとは思っていなかったらしい山崎は、取り繕えないほど顔を悔しげに歪めた。
「……っ、せいぜい、オメガの会社と信頼関係でも築いていて下さいよ。失礼します」
山崎は唇をかみしめ、不満をあらわに事務所の扉を力強く閉め出て行った。
「一条さん、申し訳ありません。不快な思いをさせてしまって」
頭を下げる加納に、響は慌てて手を振る。
「加納さんが謝る必要ないですよ。こちらこそ、余計な口出ししちゃってすみません。……でも、彼の会社名は聞いておこうかな。そこの家具を買わないように」
冗談めかして笑うと、加納の表情も和らぐ。
「一条さん、重ね重ねすみません。まだタクシーつかまらないんです。この辺りで何かイベントやってるみたいで」
ことの成り行きを見守っていたらしいフロントスタッフが、申し訳なさそうに響に告げた。
「お手数おかけしました。それじゃ、地下鉄で帰ります」
「……地下鉄ですか?」
スタッフに笑顔で答える響に、加納が眉を寄せる。
「大丈夫ですよ。二駅くらいだし」
「いや、でも」
加納の困ったような表情の理由はよく分かる。
安心させるため、「すぐにうちの高岡にも連絡取れるようにしてありますから」と響のビジネスパートナー兼、友人の名前を口にした。
「それに今日は、最高レベルの安全性とデザインを誇るカラーをしているので」
少し顎を逸らし、得意げに自分の首元を指さす。
加納は心配している様子を残しながらも、「なにかあれば連絡ください」と見送ってくれた。
デザイン事務所を後にして大通りに出ると、褐色の落葉がそこら中に散っていた。十一月の風には、もう冬の気配が混じっている。
響はビジネスバッグから取り出したマスクと伊達眼鏡で顔を隠し、最寄りの地下鉄駅に向かった。
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