3 / 63

2

 といっても、人口の約八割は、特別な能力や生物学的変化を持たないベータであり、多くの人々はバース性の影響を受けることなく生活している。  特別な――いい意味でも、悪い意味でも――存在として位置づけられているのは、アルファとオメガだ。ともにその数は人口の十パーセント程度で、希少種として扱われる。  特にアルファは、高い身体能力や優れた頭脳を持ち、強力なカリスマ性をも備える者が多く、“いい意味”の、特別な存在として讃えられ、羨望される。  国や企業の主要人物、各界の著名人や一流スポーツ選手には、このアルファ性が圧倒的数を占めている。  そして、この世界において“悪い意味”で特別なのが、もう一つの希少種、オメガだ。  オメガには発情期、通称ヒートと呼ばれる現象が周期的に起こる。  ヒート期間は本人の意思に関係なく、性的欲求が異常に高まる。外出もままならず、日常生活に支障をきたすほどなので、仕事も勉強も何も出来なくなる。発情すること以外は何も。  この身体的特徴により、ほとんどのオメガは社会的地位が低く、劣等種とみなされている。  性別カテゴリにおいての不平等や偏見をなくすため、義務教育の授業では、教師や専門家からバース性について嫌というほど教えられる。 「バース性の偏見や差別は許されません。人権は皆平等であり、公平で|包括的《ほうかつてき》な社会を築くことが大切です」  教師が話す中、同級生たちはひそひそと囁き合う。  ――発情してベッドから出られないってどんだけだよ。  ――街中でヒート起こしたオメガの動画、SNSで見たけどヤバかったよ。  ――理性なくなるなんて、そんなのもう動物じゃん。  十二歳になると、国民はバース性検査が義務付けられ、第二次性徴期に差し掛かる中学からは、オメガはアルファやベータと同じ校舎、ましてや同じクラスになることはまずない。  だから皆、安心してそこに居ない異質を笑う。  ――マジで良かった。オメガじゃなくて。  響は、七歳の時に自主的に受けさせられた検査でも、義務付けられている十二歳の検査でも、ともに結果はアルファだった。  響自身も、その検査結果は妥当なものだと思っていた。  代々続くアルファの家系に生まれ、両親も兄弟も皆漏れなくアルファ。学業もスポーツも、最高評価を得るのに苦労したことはない。  けれど、称賛と羨望に溢れた人生は、十四歳で突然終わりを迎えた。  体調の悪い日が続き、病院で検査を受けたらバース性が変わっていた。  後天性オメガ。稀少種の中でもさらに稀少なケース。  その当時の記憶は曖昧だ。  ただひたすらに混乱して、絶望した。  公平で包括的な社会なんて、教科書にしか存在しないことを知っている。 「申し訳ありません。お約束のないお客様はお通しできません」 「だからぁ、何回も言ってますよね。アポを取る気のない相手に、どうやってその約束を取り付ければいいんです?」  加納とエントランスまで降りて来ると、受付辺りが騒がしい。大きな声と手振りで、スーツ姿の男がフロントスタッフに詰め寄っていた。  響の横で、加納が溜息を吐く。

ともだちにシェアしよう!