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小森と同様、響は苛立ちを抱えながら、ただ宮下の到着を待つしかなかった。
女性社員が部屋に入って来て、コーヒーをカップごと新しいものに変えてくれる。
響の隣に座る壱弥の分も。
壱弥のことは、響のボディーガード兼、業務アシスタントだと説明してある手前、ただ座らせておくのもおかしいので、彼にも一応今回の資料を渡してある。
『位置情報精度向上のための多重センサー導入に関する提案。ジャイロセンサーの効果と導入コストの検討』と書かれた数十枚の資料を、壱弥は一見、静かに読み込んでるように見える。響は横目で伺いながら、用紙が逆さまになっていないか心配になる。
「響、……さん」
壱弥が響を呼び、そのすぐ後、やべ、という顔で少し笑った。
響の仕事に同行するにあたり、壱弥には約束リストを伝えている。
一、人前でのスキンシップは禁止
二、響を呼ぶときは「社長」または「一条さん」
三、喋るときは敬語
四、お腹が空いても我慢
「……なに、灰藤」
リスト二の項目に違反した壱弥は、――「さん」をとっさに付けてレッドカードは回避したけれど――響のコーヒーソーサーに乗った砂糖を指さす。
「響さんのも、もらってもいいですか?」
また響さんって呼んでるし、社長の砂糖をねだってるし。イエローカードも三枚でレッドだぞ。
響は思いながらも、壱弥のソーサーにイリーのシュガー小袋を置いてやった。
打ち合わせの開始予定時間から、あと三分で三十分が経過するという頃。
部屋の扉が開き、ようやく宮下が入ってきた。
「すみません、遅れました。工事渋滞がひどくて。なんで年末に近づくと、無駄にあちこち掘り返すんですかね」
彼は何かと嫌みたらしく言い訳しながら、小森に軽く頭を下げた。小森は微妙な表情で宮下を見やり、小さく頷く。
宮下は、二十五歳の響より三、四歳上だと聞いた。
整った顔立ちで、身につけているものも洗練されているけれど、軽薄そうな雰囲気と、言動から滲み出る傲慢さが全てを台無しにしている男だ。
「一条さん、今日も相変わらず素敵ですね。また一条さんに会えるのを心待ちにしてました」
宮下が強引に響の手を取り、意味のない、無駄に長い握手と賛辞を続ける。
じっとりと湿度を感じるような宮下の視線に、本能的な嫌悪感が背中を走った。
「一条さんの貴重なお時間を頂いてしまったお詫びに、今夜食事でもどうですか?ご馳走します。恵比寿に美味い熟成肉を出す店があって――」
「宮下さん」
響より数秒早く、言葉を遮ったのは壱弥だった。
宮下の笑顔が一瞬で引き、眉と口角がピクリと動く。
「……こちらは?」
壱弥に向けた視線をまた響に戻し、堅い表情と声で宮下が言う。
「ああ、すみません。ご紹介が遅れました。ええと……」
急な壱弥の介入に戸惑う響の横で、壱弥が静かに立ち上がった。
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