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TX+になにかしらの関わりを持っているだろうとは思っていたけれど、まさかその最高責任者だとは想像していなかった。
「産みの親だとは、さすがに思っていなかったかな?親馬鹿かもしれないが、なかなか悪くない薬だと思うから、ぜひ響君にも試してもらいたかったよ」
にこりと笑う木之原に、響は思わず目を伏せる。響の尊敬していた彼は、もうどこにもいないのだと痛感する。いや。そんな人は最初からいなかったのかもしれない。
響は顔を上げ、木之原を見据えた。
「俺は遠慮しておきます。それに、あの脅迫状もいらないので、先生に全てお返ししましょうか?」
「……ああ、アレも僕からの贈り物だと気づいてたのか」
響は一枚の写真をテーブルに置く。どこかの街中、斜め上の角度から撮られた響が写っている。目線は合っておらず、画像も荒い。
「ずっと、宮下が犯人だと思ってました。でも先生がTX+に繋がっている可能性が出てきて、改めて色々調べ直したんです」
写真をとんと指で突いた。
「これは、脅迫状と一緒に送られてきた隠し撮り写真です。周りの景色から、九段下にあるチョコレート専門店の、テラス席から撮られたことが分かりました。先生のお気に入りのショコラトリーですよね」
写真を覗き込んでいた木之原が、ふうとため息を吐いた。
「……僕は犯罪者の才能がないな。詰めが甘い」
やれやれとどこか楽しそうに口元を緩めている。
「宮下社長の愚息はTX+の上客でね。響君にご執心なのも知っていたから、スケープゴートにしようと思って。響君への執着のアピールとして、写真を付けてみたんだよ。チョコレートの店で、偶然君を見つけて撮った写真を使ったのは、完全に僕のミスだね」
木之原が違法薬物や脅迫状に関わっているなんて、カメラ映像を見た時でさえ、響はどこか信じきれない気持ちがあった。十四歳で木之原が主治医になり、彼の誠実さや優しさ、強さに、どれほど助けられたか分からない。
けれど今目の前で、宮下をゲームのコマのように言う木之原は、まるで別人のように冷酷な人間に思える。
「……どうして、コンペの辞退を脅迫したんですか?」
響の問いに、木之原は光のない目を細める。
「響くん達のカラーは素晴らしい。デザインもコンセプトも魅力的だし、GPS機能や、それから生体センサーテクノロジーの搭載は、実に画期的だ。私もきっと、君たちのカラーが商品化されると思っている。……ただちょっと、素晴らしすぎたな」
聞き分けのない子供を相手にするような表情で、木之原が響を見た。
「高性能センサーなんて機能があったら、愚かなアルファが、愚かなオメガにこっそり薬を使うことが出来なくなるだろ?イチグラムでも多くのTX +を使わせる為には、君たちのカラーは邪魔なんだ」
「……そんな理由で……」
呟いた響の声は掠れていた。
木之原は、カラーの成功を心から応援してくれていると思っていた。けれどそれは大きな勘違いで、本当は、響を心身共に追い詰めようとするほどに、カラーを疎ましく感じていたのだ。
「……バース専門医のあなたが、どうしてドラッグなんて」
「動機というやつかな?実にシンプルだよ。オメガとアルファの破滅のためだ」
木之原が肩をすくめ、あっさりと答える。
「TX +は、オメガはもちろん、アルファにも強い依存性が残る薬でね。オメガを介した使用者は簡単に常習者になり、常習者はやがて中毒者、廃人になる」
マウスかなにかの実験結果を解説するように、木之原は淡々と語った。
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