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木之原は、違法薬物の製造及び譲渡、所持、さらに響に対する脅迫罪など、複数の容疑で逮捕された。
多くの著名人や有権者が利用する有名私立病院のバース専門医が、特殊バース性ドラッグを製造していたという大事件は、世間を大いに震撼させ、連日ネットやテレビを賑わせている。
渦中にいる木之原は、全ての罪を認め、取り調べにも素直に応じているらしい。
「先生の元奥さん、オメガだったんだな」
パソコン画面の中、英司が溜め息を吐いた。響と同様、英司も今日はリモートワークの予定らしく、ゆったりとした部屋着姿だ。
響は椅子の背もたれに寄りかかり、温いコーヒーを飲んだ。
「……らしいね。先生とは、学生時代からの付き合いだったって」
木之原は、同じ医療チームで働いていたオメガ女性と、十年近くの交際を経て結婚した。子供はいないが、穏やかで幸せな結婚生活だったという。けれど元妻が、出会って数週間のアルファ男性と浮気し、番関係になってしまったことで、木之原の幸せな日々は破綻した。彼がTX+の製造を始めたのは、離婚後すぐのことだった。
「同情はしないけど、やり切れねぇなとは思うよ」
英司が物憂げに呟く。
木之原はどんな思いで、『君たちは所詮、本能に支配されているだけだ』と言ったのだろう。響も英司と同じく、やり切れない気持ちで手の中のマグカップを見つめた。
「……ま、俺らは感傷に浸ってる暇はねぇな。自分たちの仕事で手一杯だ。――あ、そうだ。バイオセキュアテックとの契約、続行でいいんだよな?」
英司が強引に話をまとめ、話題を変える。その気遣いに心の中で感謝して、響はメッセージ画面を開いた。
「うん。マスコミ用にコメント出すよ。文章作ったから送る」
社長の息子である宮下の逮捕で、バイオセキュアテックはイメージと株価を大きく下げ、いくつかの取引先企業を失う事態となった。
響達も、バイオセキュアテックにコンペ用のセキュリティシステムを依頼している。被害者である響は、真っ先に取り引きを中止にするはずの企業だ。
「バイオセキュアテックの技術力は、国内でもトップクラスだし、ここで切るのはもったいない」
響の判断に、英司も「そうだな」と同意する。
「恩を売っておくのも悪くないしな」
「言い方は良くないけど……まぁ、そうだね。バイオセキュアテックの株、買うなら今だよ」
響が言うと、「もう買った」と英司がニヤリと笑う。
最終審査まであと一ヶ月。一ヶ月もあれば、宮下の事件も風化する。すでに木之原に一面を譲っているし、ネットやSNSに世界中の情報が溢れている現代では、人の噂は七十五日も保たない。さらに響たちのカラーがコンペを取れば、バイオセキュアテックの株価は跳ね上がるだろう。
「それじゃ、スケジュールの変更はなしだな。……響、事件関係で何個かイレギュラーな案件が入るけど、大丈夫か?」
響の心配をしてくれている友人に、強気に笑ってやる。
「大丈夫だよ。無料でカラーのプロモができる」
「さすがボス。無理すんなよ」
英司も笑って、パソコン画面に目を向けた。いくつかのタスクについて話し合い、互いに仕事がひと段落したところで英司が顔を上げた。
「そういや、イチは?お前の家にいるの?」
「うん。今買い物行ってるよ」
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