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 ネックレスは、太めのアンカーチェーンが連なり、重量感のあるデザインだ。短めのチェーンが首にフィットするタイプで、一見すると、まるで犬の首輪を思わせる。最近彼に付けられた『あだ名』を考えると、なおさら。  コンペのプロモや事件関係者として、メディアへの露出が増えた響と同様、ボディーガードとして常に一緒に行動する壱弥も、現在ちょっとした有名人になっている。  映像などにチラリと映りこむ壱弥は『響くんといつも一緒にいる人もかっこいい』『あの全身黒の人、社員さんかな?』などとネット上で話題になり、響のSNSにも「いつも後ろに控えてるブラックスーツの男性は誰ですか?」といった質問が多く寄せられた。  響が発信した「彼は僕のボディーガードです」の回答が注目され、壱弥はいつしか『ドーベルマンくん』と呼ばれるようになった。あだ名の由来は、主人を守る存在であることと、シャツも靴もスーツも黒で揃えた、壱弥の全身ブラックコーデによるものだろう。  響はネックレスのチェーンに触れ、笑う。 「これ着けたら、ますます番犬ぽいな」 「ワン」  嬉しそうにふざけて吠える壱弥に、響はさらに笑みを深くした。 「こちらのネックレスは、サービスでお好きな石を一つ埋め込むことが出来ますよ」  向かいに座る店員が、分厚いカタログを開いた。カラフルな宝石の色見本と、石言葉が記載されている。 「響、この石言葉ってなに?」  尋ねられ、響も壱弥の隣に座った。 「その宝石を象徴する言葉、みたいなものかな」  響が視線を向けると、女性店員はにこりと微笑む。 「そうですね。宝石は、ひとつひとつが異なるエネルギーを持つとされています。石言葉は、その神秘の力を表す言葉です。花言葉のようなものですね」  彼女の説明を聞き、壱弥は一つの石を指さした。 「俺、これがいい」  響もカタログを覗き込む。 「ガーネット?綺麗だね」  赤色の宝石には、情熱と忠誠という石言葉が書かれている。  女性店員が、アクセサリーケースから実物のガーネットを取り出し、ネックレスの横に並べ置いた。 「赤色のガーネットは、中世ヨーロッパ時代、戦いへ向かう兵士が、妻に変わらぬ愛を誓うために贈ったといわれています」  壱弥がもう一度「これがいい」と言い、響に笑いかける。 「忠誠も、変わらぬ愛も、響を思う気持ちにぴったりだ」  きらきらの笑顔で真っ直ぐ見つめられ、心臓がキュンとときめく。  色々な葛藤がなくなった壱弥は、持ち前の素直さで、態度でも言葉でも、超ストレートに愛を伝えてくれる。なのでここ最近、響はまるで少女漫画のヒロインになったような気分を味わっている。 「ありがとう。嬉しいよ。俺も――」  続く言葉は、女性店員の生温い視線に気付き、なんとか飲み込むことが出来た。  これでは、人目も憚らずイチャつく付き合いたてのカップルみたいだ――と考えて、まさに自分たちはそれだと気づいて頬が熱くなる。  響は咳払いをして姿勢を正し、ビジネス用の笑顔を作った。 「……えっと、それじゃ、ガーネットでお願いします。ネックレスは、いつ頃出来上がりますか?」  店員も綺麗に口角を上げ、響たちに微笑みかける。 「完成までのお時間は、二週間ほど見ていただければ大丈夫かと。出来上がり次第ご連絡いたしますので、こちらの用紙にご記入をお願いします」  差し出された用紙に連絡先を書き入れ、響はペンを置いた。 「では、よろしくお願いします。壱弥、行こうか」 「うん。ありがとう響」  壱弥が響の腕を引き、頬にキスをする。 「素敵なプレゼントと、パートナー様ですね」 「でしょ」  プロらしくにこやかに微笑む店員と、得意げに笑う壱弥に、響も硬い笑顔を見せる。  赤くなっているであろう頬を冷やすため、響は壱弥を連れ冬の外へと急いだ。

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