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声が止むまで静かに待ち、響は「改めまして、|Unite・Wave《ユナイト・ウェイブ》の一条です」とマイクに向かって話し始める。
「ご存知の通り、僕はオメガです。しかも、アルファからオメガになった後天性でもあります。このカラーのコンセプトのように、自分を信じ、強く生きていきたいと思っていますが、それが簡単ではないことも、よく知っています」
しんと静まる会場全体に、響の声が届く。
「人混みを歩くだけで緊張して、ヒートの間は心身を理不尽な辛さが襲い、時には自己嫌悪すらしてしまう。偏見や差別のない社会が実現しているのは、まだ教科書の中だけです」
短く深呼吸をした。戦略的に考えられた原稿より、もっと心を打つのは、自分の本心から生まれた言葉を伝えようとするスピーチであると、響は分かっている。
「オメガであることが、まるで僕の存在全てのように言われることもあります。でも、オメガというタグは僕の個性の一つに過ぎません。ワインとコーヒーが好き、イタリアの家具が好き、休日の二度寝が好き。――これは、人類共通タグかな」
響の冗談に、観客が笑う。ステージから客席を広く見回し、胸を張る。
「それらと同じように、オメガという個性があるだけです。オメガというタグに怯むことなく、自分の魅力を誇り、自分自身に従うことを恐れないで欲しい。その手助けをするために、このカラーが存在します」
響は会場モニター用の映像カメラに、とびきりの笑顔を向けた。
「人混みの中を堂々と歩くあなたを、『リゾブル・サブ 』が力強くサポートします。この素晴らしい機会を与えていただき、ありがとうございました」
スピーチを結びお辞儀をすると、会場全体から大きな拍手と歓声が沸き起こった。
「響、最高だった!本当にかっこよかった」
ステージを降りると、袖に待機していた壱弥が抱きついてくる。
「お疲れ。SNSで、リゾブル・サブがトレンド入りしてたぞ」
英司が労るように、響の肩をぽんと叩いた。
「響のファンも急増だ。カラーと一緒に、お前のアクキーでも売る?」
笑う英司に、壱弥が「アクキー?」と聞き返す。
「アクリルキーホルダー。イチも欲しいだろ」
「欲しい!」
「やめて」
三人でわいわいと関係者用の廊下を進み、英司が車の鍵を鳴らした。
「結果発表まで時間あるから、食事しとくか」
「そうだね。壱弥、何た――」
食べたい?という質問は、急に抱きついてきた壱弥の腕に吸い込まれた。どうしたのと尋ねる前に、壱弥の真剣な声が耳元でする。
「響、ヒートが始まりそう」
英司と響の「……マジで?」が重なった。
玄関の扉を閉めた瞬間、壱弥に唇を塞がれた。まともに呼吸が出来ない苦しさより、興奮が勝って頭がくらくらする。
靴を脱ぐ間も、廊下を進み寝室へ向かう間も、ずっとキスをしていた。もつれるように、二人でベッドに倒れこんだ。
最終審査の結果発表を待たず、壱弥とマンションに帰ってきた。全てを丸投げされた英司は、「俺のアクキーも売らなきゃいけなくなるじゃん」と、メディア露出による自分の人気急上を心配していた。
会場で飲んだ抑制剤は、そろそろ切れる。
荒々しく息を吐きながら、壱弥が服を脱ぎ捨てた。
「響」
名前を呼ばれただけで、腰が砕けそうに疼く。響は震える指で、首のカラーのロックを解除する。ピーッと長い電子音が鳴り、そして止んだ。
あとは金具を取るだけで、誰でもカラーを外すことが出来る。
「……壱弥、外して」
身体を起こして告げた。
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