62 / 63

61

 声が止むまで静かに待ち、響は「改めまして、|Unite・Wave《ユナイト・ウェイブ》の一条です」とマイクに向かって話し始める。 「ご存知の通り、僕はオメガです。しかも、アルファからオメガになった後天性でもあります。このカラーのコンセプトのように、自分を信じ、強く生きていきたいと思っていますが、それが簡単ではないことも、よく知っています」  しんと静まる会場全体に、響の声が届く。 「人混みを歩くだけで緊張して、ヒートの間は心身を理不尽な辛さが襲い、時には自己嫌悪すらしてしまう。偏見や差別のない社会が実現しているのは、まだ教科書の中だけです」  短く深呼吸をした。戦略的に考えられた原稿より、もっと心を打つのは、自分の本心から生まれた言葉を伝えようとするスピーチであると、響は分かっている。 「オメガであることが、まるで僕の存在全てのように言われることもあります。でも、オメガというタグは僕の個性の一つに過ぎません。ワインとコーヒーが好き、イタリアの家具が好き、休日の二度寝が好き。――これは、人類共通タグかな」  響の冗談に、観客が笑う。ステージから客席を広く見回し、胸を張る。  「それらと同じように、オメガという個性があるだけです。オメガというタグに怯むことなく、自分の魅力を誇り、自分自身に従うことを恐れないで欲しい。その手助けをするために、このカラーが存在します」  響は会場モニター用の映像カメラに、とびきりの笑顔を向けた。 「人混みの中を堂々と歩くあなたを、『リゾブル・サブ(リゾブル・サブ)』が力強くサポートします。この素晴らしい機会を与えていただき、ありがとうございました」  スピーチを結びお辞儀をすると、会場全体から大きな拍手と歓声が沸き起こった。 「響、最高だった!本当にかっこよかった」  ステージを降りると、袖に待機していた壱弥が抱きついてくる。 「お疲れ。SNSで、リゾブル・サブがトレンド入りしてたぞ」  英司が労るように、響の肩をぽんと叩いた。 「響のファンも急増だ。カラーと一緒に、お前のアクキーでも売る?」  笑う英司に、壱弥が「アクキー?」と聞き返す。 「アクリルキーホルダー。イチも欲しいだろ」 「欲しい!」 「やめて」  三人でわいわいと関係者用の廊下を進み、英司が車の鍵を鳴らした。 「結果発表まで時間あるから、食事しとくか」 「そうだね。壱弥、何た――」  食べたい?という質問は、急に抱きついてきた壱弥の腕に吸い込まれた。どうしたのと尋ねる前に、壱弥の真剣な声が耳元でする。 「響、ヒートが始まりそう」  英司と響の「……マジで?」が重なった。  玄関の扉を閉めた瞬間、壱弥に唇を塞がれた。まともに呼吸が出来ない苦しさより、興奮が勝って頭がくらくらする。  靴を脱ぐ間も、廊下を進み寝室へ向かう間も、ずっとキスをしていた。もつれるように、二人でベッドに倒れこんだ。  最終審査の結果発表を待たず、壱弥とマンションに帰ってきた。全てを丸投げされた英司は、「俺のアクキーも売らなきゃいけなくなるじゃん」と、メディア露出による自分の人気急上を心配していた。  会場で飲んだ抑制剤は、そろそろ切れる。  荒々しく息を吐きながら、壱弥が服を脱ぎ捨てた。 「響」  名前を呼ばれただけで、腰が砕けそうに疼く。響は震える指で、首のカラーのロックを解除する。ピーッと長い電子音が鳴り、そして止んだ。  あとは金具を取るだけで、誰でもカラーを外すことが出来る。 「……壱弥、外して」  身体を起こして告げた。

ともだちにシェアしよう!