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第1話
ーー
「お前本当に腕細いな」
自分を馬乗りにしている男は、義父だった。
実父を亡くした次の年、母親が再婚した相手だ。
ただその母ももう亡くなっているし父などと思う気持ちにはなれず、怜(れい)さんと呼んでいた。
「こんな細くて副作用に耐えられるのかね」
怜さんの手には注射器。
もうこれも見慣れた光景だ。
「……どうせ打つんでしょう」
「はは、随分生意気になったな」
ああ、気持ち悪い笑みだ。
怜さんは、創薬研究者だった。
様々な研究結果を残し、新薬を作り、多くの人々を救った人物であるとニュース番組で見たことがある。
「奏(かなで)のおかげで世界中で救われる人がたくさんいるよ」
「……早くして下さい」
世界は男女の他に3つの性に分類されていた。
「アルファ」「ベータ」「オメガ」の3つの「第二の性」を持ち、オメガは男性であっても妊娠が可能になっている。
αは優秀で体格も良い。
医者や弁護士等の高学歴な職種は大抵αが就いている。
怜さんがそうだ。
190㎝の身長につり目。
他の人を魅了するオーラと端正な顔。
βは9割以上の人間が属するいわば一般的な性。
そしてΩは、定期的に他の人間を誘惑してしまう発情期と呼ばれる期間があるために、社会的にも劣り迷惑をかける存在とされ、いみ嫌われている。
注射の針が腕に刺さる感覚がして、目を強く瞑った。
何度やっても注射の針には慣れないし、この後の地獄を思えば尚更。
「奏もΩだから抑制剤の研究が必要なことはよく分かるよね。
Ω皆の幸せのためには治験は欠かせない。
ちょっと今回は副作用きついかもしれないけの死なないでね」
抑制剤は、Ω性であれば9割の人間が持ち歩いている。
発情期を抑えるための薬だ。
「じゃあ帰るから。
症状はまたメールしといて」
「音羽は」
「元気だよ」
「そうですか」
ふいに頭に触れられそうになり、手を払う。
怜さんは不適な笑みを浮かべて早々と家を出て行った。
脳内がかき混ぜられているような感覚がする。
1時間ほど休んだらもう大学へ行かなければならない。
体に力が入らず、立ち上がれない。
薄れていく意識の中で、
棚に飾る決して上手な出来とは言えない折り鶴を見つめる。
“僕、君のこと好きだよ”
一緒になることなど敵わないのに
その思い出があると何故か呼吸ができるような気がする。
もう会わないつもりでいた。
なのに、どうして。
目を瞑れば、あの頃のことが未だ鮮明に思い出せた。
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