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第12話
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佐山奏
目の前にいる40半ばのくらいの医師は、蒼に良く似ていた。
優しく朗らかで、それでいて聡明な雰囲気がある。
病院は嫌だと言ったから、蒼が呼んでくれたのだろう。
これくらいのことなんてことないのに、申し訳なさで泣きそうだ。
こうして自分のことさえ耐えられず、気絶して嘔吐して結局関わらないと誓った蒼に迷惑ばかりかけている。
自分のことを情けないと思うのに、
それとは裏腹頭痛はいまだに治らず、
自分の体が恨めしくて仕方がない。
「まず大切なことだから聞きたいんだけど、君はΩかな?」
びくんと反射的に肩が跳ねる。
蒼の家庭はα家系の名家だと亡き実父に聞かされていた。
もし俺がΩだと知れたら、αの蒼と一緒にいるこの状況を不快に思われてしまうだろう。
どうせ発情期は来ないんだ。
バレることはない。
「……β、です」
「そう。さっき少し声が聞こえてて、どんな噂が流れているかは知らないけど、別に私たちはαしか受け入れないって訳でもそれ以外が嫌とかってわけでもないからね。
確かに一昔前はαとのお見合いなんかもさせられていたけれど。
私が妻と結婚したのはたまたまαの女性を愛したからだよ」
「そうですか……」
まるでΩであることを見破られ、無理に慰めさせてしまっているようだと思う。
「Ωの場合発情期に伴って熱が出たり抑制剤の摂りすぎで熱が出たりもするからね。
睡眠は?よく眠れてる?」
「えっと……」
よく眠れているかと聞かれれば、眠れてはいなかった。
夜まで気持ち悪いことは多々あるし、
定期的に朝怜さんがやってくるので、それを思うと長くは眠れない。
「……はい」
「それにしては酷い隈だね」
尋問のようだと思う。まるで見透かされているようだ。
蒼を見ると、彼は俺を優しい目で見つめていた。
まるで何でも話しても大丈夫だと言うように。
「えっと……最近は少し、眠れないかも……です」
「うん、食事は?」
「……あまり食欲がなくて。
でも、パンとか……食べる時は食べて、ます」
言葉に詰まりながら話すと、蒼は頷いて少しだけ口元を綻ばせたように見えた。
本当のことを話したことがまるで嬉しいとでも言うみたいに。
「父さん、ついさっき吐いたんだ。
水だけだったけど」
「そうか。
とりあえず脱水症状になるといけないからここで点滴はしよう。
安静にして食事できそうならおかゆとかから試してみて。薬も持ってきたから食べたらそれを飲みなさい。
薬が効けば幾分かはよくなる」
「分かった。今から点滴する?」
「そうだね。早速やろうか」
蒼の父親が何やら準備をしている。
頭がぼうっとしていて視界も歪むし、あまり物事が考えられない。
「腕に針を刺すからね。
細いから痛くないよ」
右腕が握られ、ぞわっとした感覚がする。
針を刺す。そうか、点滴ってそういうものか。
脳内に怜さんの不適な笑みが浮かんだ。
長袖の服を捲られそうになる。
「……ひっ」
俺は明らかに不自然な悲鳴を上げて、手を引いた。
心臓がばくばくと音を鳴らしている。
こんなことは慣れているはずだった。
ただ、覚悟していないところに来たことで、
まるでトラウマのようになっている行為がより鮮明に思い出されたのだ。
そこを見られては困る。
そこには、いくつかの注射痕が残っているのだ。
「点滴が嫌かな?それとも……怖いのは針の方?」
ガタガタと唇が震える。
抑えなきゃいけないと思うのに、思えば思うほどおさまらない。
「だ、大丈夫です。
ただ、左腕にお願いします。
右腕今ちょっと痛めてて。
変な反応しちゃってすみません、何でもないです」
絞り出した声は震えていたが、何とか言葉にはなった。
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