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第16話

じっと俺の顔を見つめていた蒼が、やっと自分のうどんを食べ始める。 こうして誰かと食事を摂るのはいつぶりだろう。 「薬5種類あるから食べられそうならしっかり食べて胃を温めといて」 「5つもあるんだ」 「佐山がそれだけ酷い状態だってことだから反省して。 解熱剤だの胃薬だの栄養剤だの痛み止めだのって色々置いてってくれた。 これ飲んで寝たら良くなってると良いな」 ほぼ丸一日看病で潰されたにも関わらず、 蒼は未だ俺のことを気にかけてくれている。 本当にこういうところはあの頃のままだ。 時間はかかったがお粥は全て食べ終えることができ、出された薬を素直に飲んだ。 あれだけ酷い副作用だったにも関わらず、思ったよりも回復が早いと自分でも感じていた。 「お金払うよ。診察代とか点滴代とか薬代とか……」 「俺が勝手にやったことだからいらない」 「……いやでも、なんか本当に良くなって来たから」 「それはよかった」 柔らかく笑う顔が眩しすぎて、あまり凝視できない。 もっと話したい。 もっとそばにいたい、と直感的に思った。 10年前、俺は蒼と離れようと決意した。 それは蒼がα家系で、俺はΩで、 蒼に迷惑がかかるからと聞かされたからだった。 大学に蒼がいると分かった時、 あの頃よりもっと関わってはいけないと思った。 それは俺の現状の環境が最悪で、 何かしら関われば優しい蒼を巻き込むと思ったからだった。 でも。 でももう、良いのではないか。 蒼の父親も、気を遣っただけなのかもしれないが特にバース性への偏見はないと言っていた。 蒼だってあの頃のように微笑みかけてくれる。 あの時の折り鶴をずっと大切に持っている俺が、 こうして蒼と再会して、思いが募らないわけがなかった。 10年前、退院した後どれだけ病院に顔を見せに行きたかったか分からない。 俺がΩなことも、 昔のことも話して、 これは様子を見てにはなるけれど、いずれは義父のことも相談して、 そしたら蒼は親身になって聞いてくれるのではないか。 講義中に蒼から偶然話しかけてきてくれたことさえ、 必然だったのはないかとさえ思えてきた。 まずは、βだと嘘をついたことを謝ろう。 それから、ヒナタソウを覚えているか聞いて、それからーー 「佐山何考えてんの」 「え、いや……」 「何か真剣な顔してて可愛い」 可愛い、と微笑まれた瞬間、心臓がおかしなほど高鳴った。 ただでさえ蒼のことを考え、蒼に全てを打ち明けようとしていたタイミングだった。 そんな時にそんなことを言われたら、 受け入れてもらえるのではないかと思いを馳せてしまう。 「……っ佐山、香水ってつけてる?」 「え?香水なんてつけてな」 言いかけて、鼓動がおかしすぎて胸元を抑えた。 なんだこれ、なんだこれ。 体がおかしい、熱い、こんなものは知らない。 「良い匂いすぎて……、あてられる。 佐山、お前」 唇がガタガタと震えた。 触りたい、欲しい、蒼が欲しい。 違う、いや、怖い、何これ。 「い、やだ。ちがう、だって」 体中が熱くて、目の前にいる蒼を見るや否やおかしくなっていく。 無意識の涙が目元に浮かび、すぐにでも自分の半身に触れたくなるほど疼く。

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