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好きな人

 オレの尊敬する人は、強くて凛々しくてかっこいい。  誰も寄せ付けないオーラを放っていて、三白眼の鋭い瞳は何をも見透かしてそうで畏怖さえ感じる。  圧倒的な体躯は逞しく、一見、その筋の人に間違われることもしばしば。  トレードマークは燃えるような真っ赤な髪。  オレと同じ高校に通う一個上の先輩で、名前は九鬼大我(くきたいが)先輩。  オレの恩人であり、世界一好きな人だ。  そんな九鬼先輩には、オレ以外は決して知らないある秘密がある――。 「先輩、お疲れ様です!」  いつも通りの学校終わり。  家に帰らず、学校の最寄り駅近くにあるゲームセンターで暇を潰すのがオレと先輩の日課だ。 「おう、瀬名(せな)。お疲れ」  先輩の鋭い瞳が一瞬こちらを見て、名前を呼ばれる。  たったそれだけのことが、オレにとって幸せな瞬間でもある。  というのも、ついこの間まで名前すら呼んでもらえなかったのだが、最近になって先輩に名前を覚えて貰えたのだ。  初めて先輩に名前を呼んで貰えた日は、オレにとって忘れられない記念日になったことはまだ記憶に新しい。 「今日は、何取るんですか?」  クレーンゲームの台が幾つも並ぶ中、颯爽と歩く先輩の背中を追う。  フィギュアにぬいぐるみ、お菓子、コラボ商品など色んな景品が揃う中で、先輩が歩みを止めた台の先には―― (――か、かわいいっ!)  これまた可愛いファンシーなクマのぬいぐるみが置かれている。  この時点で大方察すると思うが……。九鬼先輩は、顔に似合わず大の可愛い物好きなのである。  厳つい先輩と、可愛いクマ。その両者の絵面に一人悶える。  学校でも、ここら一帯ですら最強と名高い先輩が、まさかの可愛い物好きなんて誰が思おうか。  このオレですら、まさかのギャップに尊死(とうとし)しかけたぐらいだ。 「くそ、取れねえ……」  そして、先輩はいつもの如くクレーンゲームに苦戦している。  先輩は喧嘩と体を動かすこと以外、頭を使うことや機械で操作するクレーンゲームだって苦手だというのに……。  毎日こうして可愛い物の為に根気強く通い詰めるのは素直に尊敬する。 (まあ、かくいうオレも先輩と少しでも長く一緒に居たいが為に、毎日来ているのだけれど……) 「チッ、難しいなぁクソが」 (当の先輩はそんなこと露ほども知らないだろう)  ◇  そもそもの先輩との出会いは今から丁度1年前、あの日のことは今でも忘れはしない。  まだオレが高校にあがる前の中学時代に遡る。  季節は夏、たまたま友達と隣町のこのゲームセンターへ遊びに来た。  それぞれが思い思いにゲーム機へと夢中になって遊ぶ中、オレはといえば目当ての景品も、やりたいゲームもなく1人で店内を彷徨(うろつ)いていた。  そんな時、オレよりも数センチ背の高い男たちに絡まれたのがきっかけだ。  特にぶつかった訳でも、何かされるようなことをした訳でもない。ただ、運が悪かっただけ。  金や銀に染めた髪の男たちはピアスもジャラジャラ空けていて、これぞ不良と呼ばれる部類の人たちだとすぐに理解した。  オレより年上だというのに、年下のオレみたいなガキ一人相手に数人で寄ってたかってカツアゲして、低俗なことしか出来ない不良たちに内心溜め息が零れて。 「――てめえら、何やってんだ」  相手は複数なのに対しその人は単身で何の怯えも見せることなく現れた。  初めの印象は、炎のように鮮やかな赤い髪。  耳にピアスは一個も空いてないのに、その鋭い視線だけで相手を竦ませられる程の圧とオーラ。 「ガキ相手に姑息な真似してんじゃねえぞ」  その人は準備運動のように指の関節をばきぼきと鳴らすと、今から人を始末すると言わんばかりの悪人面で周りの不良たちを睨みつける。 「ここらを仕切ってんのが誰かわかった上で、んなだせえことしてんのか、あ?」  周りの不良は全員へっぴり腰で、被害者のオレですら地を這うような低い声に背筋が一瞬で凍り付く。 「おら、なんとか言えよ」  眉間に寄った皺がより気迫さを増す。  縮み上がる不良たちに凄みを利かせた声で詰め寄ると周りの不良たちは皆怖気づいたように、一目散に逃げていった。  当のオレも恐怖で腰が抜けてへなへなとその場に座り込む。 「……大丈夫か?」  つり上がった眉を僅かに下げて、その人はへたり込んだオレに手を差し伸べる。  見ず知らずのオレを助けてくれたその人は恩人であり、オレの中でヒーローのように見えた。 「大丈夫、です」  差し伸べられた手を取り立ち上がる。  ごつごつした手はひんやりと冷たく、僅かだけれどその手は震えていた。 「ここらはまだまだ治安悪いからな、気を付けろよ」  そう言うと、その人は背を向け去っていく。  まだお礼も言っていないことに気付いたオレはその後ろ姿を慌てて追い掛ける。 「あ、あの!」 「あぁ?」  何とかその人を引き止めるために、咄嗟に掴んでしまったのは服の裾。 「あ、えっと……その、助けてくれて、ありがとうございます!」  振り向いたその人の目をしっかり見てから頭を下げる。  一瞬見えたその瞳は驚きによってだろうか、僅かに見開かれていた。  次に顔を上げた時、その表情に思わず目を奪われる。 「っ……!」  先ほどまでの険しい顔つきとは違う、へにゃりと八の字に曲がった眉と鋭い瞳は嬉しそうに笑んで薄らと紅潮した頬。 (可愛い……)  純粋にそう思った。  オレよりも背の高い男相手に「可愛い」なんて馬鹿げてると思う。  でも、不覚にもオレの心臓はその瞬間、ドクンと音を立てて早鐘を打ったんだ。 「あの! お礼に、なんか奢らせてくださいっ」 (少しでも長くこの人と一緒に居たい……)  そう思ったオレはあれこれ考えた末、まるで少しの時間稼ぎとばかりに飲み物を奢ることにした。 「どれがいいですか?」  自販機コーナーへ移動し飲み物を選ぶ。  ブラックコーヒーが好きそうだなと直感で思いながら様子を窺う。  すると、その人は睨みつけるようにジーッと射抜かんばかりに自販機のある一点を見ている。  気になりつつその視線の先を追うと……。 『アイスココア』と書かれた飲み物が並んでいた。  ブラックコーヒーと迷った末、アイスココアを購入して渡したら「どうも」とだけ返ってきてゴクゴクと飲み始めた。  見た目の割に甘い物の方が好きなんだなと、またもや可愛い一面を見つけて頬が緩みそうになるのをなんとか堪えた。  束の間だけれど一緒に過ごした時間。別れ際にその人が言った言葉。 「またな、気を付けて帰れよ」  最後までオレのことを心配してくれるその言葉に嬉しくなると同時に。 (また……次も会えるだろうか?)  ”またな”なんて言われたら、オレは馬鹿だから、また明日もここへ来てしまう。 「……はい」  オレの返事を聞くことなく去っていったその人の後ろ姿は、すぐに人混みに紛れて消えてしまった。  この出会い以来、忘れられないその人に”また”会うために、足しげくそのゲームセンターに通い。再開は意外にもあっさり叶った。  人の寄り付かなくなったクレーンゲームの台で一人熱中するその人の後ろ姿。  何を取ってるのか気になり、こっそり見て愕然とする。  その人とは何とも似つかわしくない、つぶらな瞳のうさぎのぬいぐるみ。 (か、可愛すぎるっ……!)  ズキュンッと心臓が一気に鷲掴みされる。  見た目とは裏腹な可愛いもの好きのその人。  学校終わりの制服姿を見て、オレもその人と同じ高校を受験して、無事入学出来た。高校に入ってから先輩のことを色々知った。  ここら一帯で一番強いということや、学校でも教師や生徒から恐れられていること。  決して笑わない仏頂面と、負けを知らない強さから『般若の赤鬼』と呼ばれている九鬼先輩。  先輩と話したくて勇気を出して声を掛けたことを、オレは後悔などしていない。  寧ろ、先輩の可愛い一面をオレだけが知れて嬉しいとさえ思ってしまう。  周りからは怖いと恐れられる先輩だけど、実際の先輩は見た目の割に可愛いものが大好きで、苦めのブラックコーヒーより甘党派。  今日も先輩は好物のアイスココアを片手に可愛いクマのぬいぐるみを取る為に、クレーンゲームに奮闘している。

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