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気になる奴(side.九鬼大我)
地元じゃ喧嘩で負け知らず。
泣く子も黙る容姿に、街を歩けば職質なんて数知れない。
そんな誰もが恐れる俺には現在、気になる奴がいる。
「先輩、喉乾いてないですか?」
名前は確か……瀬名、だったか。
最近、俺に懐くように常に傍にいるソイツ。
「あ、あぁ……」
「あぁ、だけじゃわかんないですよ。欲しいんですか、欲しくないんですか?」
俺なんかのどこに惹かれて付き纏うのか皆目見当もつかない。
「じゃあ、欲しい」
「あいあいさー! すぐ買ってきますっ」
そう言って嬉しそうに走って飲み物を買いに行った瀬名を横目に、クレーンゲームを再開して数分。
あいつがいると、やけにジッと見てくるから落ち着かねぇけど。
傍に居ないと、居ないで寂しく思ってしまうのは人と一緒にいることに慣れてしまったが故だろうか……。
昔から目つきが悪いせいで他人からは恐れられ、人付き合いも苦手だった。おまけに口下手。ダチなんか一人もいたことない。
一人の方が、気が楽だと自分に言い聞かせ、今の今まで誰ともつるむことなく生きてきた。
なのに、俺の隣で毎日飽きもせずニコニコしている瀬名を見ていると、不思議と胸の奥がむず痒くなる。
(あいつ、遅えな……)
ただの赤の他人なのに……。自分の意志とは反して足は自然と自販機コーナーへと向かう。
◇
「あれ、先輩? こんなとこでどうしたんですか?」
当の本人はキョトンとした間抜け面で飲み物を選んでいる。
(お前が遅えから……)
なんて、これじゃまるで心配してるみてえ……。
「先輩? ホントにどうしたんですか?」
「っ、うるせえ、それ寄越せ」
(この俺が人の心配なんてありえねえ……)
そう思うのに、目の前の瀬名が無事で良かったとホッとしている自分がいる。
俺らしくもない感情に戸惑いながらも、それを気取られないように強い口調で瀬名の持っていたジュースを取り上げる。
「え、持ってくれるんですか? 先輩、超優しい」
(くそ、こいつと居ると毎回調子狂う)
俺が優しいなんてそんなことあるはずない。
いつだって周りから怯えた目で見られて……「優しい」なんてそんな言葉誰にも言われたことない。
「別に優しくなんかねーよ」
誰かに優しくしたことなんて殆どしたことない俺が、優しいなんて……こいつのただの妄言。
俺はそんな出来た人間じゃない。人を怖がらせ、怯えさせることしかできない人間なんだ……。
「――先輩は優しいですよ」
なのに、目の前のこいつは、揺るぎのない瞳で真っすぐ言うんだ。
「強くて、優しくて、かっこいい。オレの大好きな先輩です!」
一切の曇りのない目はどこかで見たような。一瞬、去年の出来事を彷彿とさせる。
『助けてくれて、ありがとうございます!』
ただの気まぐれで助けただけの俺に向かって、しっかりと目を見て礼を言ってくれた奴。初めてだった。
「ありがとう」その言葉が何よりも嬉しくて、そのたった一瞬だけ気が緩んだのを覚えてる。
俺は別に喧嘩が好きなわけじゃない。
ただ、この目付きと人相の悪さで喧嘩をふっかけられたり目を付けられたりして……。
いつも喧嘩をした後は人を殴った拳や擦れてできた傷跡よりも、心の方が何倍も痛かった。
たった一言の「ありがとう」の言葉で、俺は俺の誇りを持てたんだ。
「小っ恥ずかしいこと言うな、ったく。ほら、行くぞ」
(こんな緩んだ顔、ぜってぇ見せらんねえ)
自分でも分かるぐらい熱くなった顔を隠すように、先を歩く。
「あ、待ってくださいよ~」
後ろから声を掛けられるが待ってやるもんか。
「先輩!」
後ろから追いかけてきた瀬名が隣に並ぶ。
「あぁ?」
わざと威嚇するような低い声を出したのに、瀬名は恐れることなく笑って言った。
「可愛いですよ」
去年のあの日、初めて会った時よりも数センチ俺の背を追い越している瀬名を目の端で睨みつける。
「てめえは、でかくなりすぎだ」
「えー、ひどいです。先輩を守るためにこんなでかくなったんですからね?」
俺の頭を無遠慮に撫でる瀬名に若干怒りが湧くが、その手を振り払わなかったのはあまりにも優しい撫で方に心のどこかで安心してしまったから。
「……バカだな、」
小声で呟いた声はきっと、このゲーセン内の騒音で掻き消されただろう。
なのに俺の一言を隣のコイツは聞き逃さなかったらしく、いつもの明るい笑顔で言った。
「はい! オレはきっと先輩バカ、なんです!」
あまりの眩しい笑顔とそのセリフに、俺は生まれて初めて声を出して笑った。
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