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第3話 1章 美しい青年の秘密
夕食は何を食べたいかと聞かれた。起きてから飲んだスープ以来何も口にしていないが、お腹は空いていない。食欲もない。
「いりません」と答えた。
「おまえなあ……朝、まあ昼に近かったけど、スープしか飲んでない。体に悪いだろう。今でも細い体が、更に細くなるぞ。もう少し栄養を付けないとな」
いやだから、明日死ぬ人間に、そんなこと関係ない。そう思って、黙っていると、彰吾は青年の頭を撫でてからダイニングキッチンへと言った。何か、労わるようなその仕種と、手の温かさにドキリとした。
しばらくすると、だしの良い匂いが漂ってきた。
「できたから来い」
呼ばれると、何故か無意識のうちに席を立った。そんな青年に彰吾は、視線で来いと促す。
「五目雑炊だ。美味いぞ。多分昨日も、ほとんど何も食べてないだろ。そういう時は消化のいいものがいいからな。さあ食べろ、熱いから気を付けろ」
確かに美味しそうだ、スープも身体に沁みたが、これもそうだろう。何も食べたくなかったはずだけど、箸をとった。雑炊を少しすくい、口に入れる。美味しい。雑炊なんて食べるのは久しぶり。いつ以来だろう。昔風邪を引いた時に、母が食べさせてくれた。それ以来か……。だったら、もう十年以上前のことだ。
あの時の母の優しい顔を思い出した。『お母さま……心配しているかな……ごめんなさい』心の中で母に詫びながら、雑炊を少しずつ食べる。視線を感じて顔を上げると、彰吾と目が合う。にこっと微笑まれる。……恥ずかしくて、慌てて下を向く。
雑炊を少しずつ食べる青年に、彰吾は良かったと思う。何もいらないという青年に、せめてもと思い作った。本当はもう少しカロリーのあるものがとも思うが、おそらく昨日から何も食べていない青年には、かえって体に優しいと思った。焦らず少しずつだと、自分に言い聞かせる。
食べることは生きる気力にもつながる。これをきっかけに少しずつでも食べてくれれば良い。
安堵の思いで食べている姿を見ていると、顔を上げた青年と目が合う。微笑むと、恥ずかしいのが下を向いた。その仕草がたまらなく可愛いと思う。これはいけない益々虜になる。困った。いや、別に困ることではないか……。
「ごちそうさまでした」
食べ終わった青年は、箸を置き頭を下げる。食べ方もだが、所作が上品で美しい。身についた育ちの良さを感じる。やはり、相当な家柄を思わせる。だとしたら、家族は相当心配しているだろう。いつ家を出たのか? 少なくとも昨日からは帰っていないはずだ。
「ああ、残さず食べて偉かったな」
彰吾は青年の頭を撫でながら褒めてやると、その頬がぽっと染まる。雑炊の熱もあるのだろうが、青白かった顔に赤みが差し、色つやも少しついたように見える。
食事のあと、彰吾は自分が柏木総合病院の医師であること。名前から察せられるが、院長は父で、兄が副院長。自分は次男。兄弟は他にいない。父と兄が内科医なので、あえて外科医を志し、アメリカへ留学し、昨年帰国したことを話した。
決して怪しい者ではない事を知って欲しいと思うからだ。まだ、青年が自分のことを話したくないのは分かる。出会って丸一日しかたっていない。
先ずは、己のことを理解して欲しい。そして、信頼して欲しい。まだ一日しかたっていないのに、その思いは益々強くなる。
彰吾は、今まで男女問わず何人も経験してきた。はっきり言って不自由したことはない。それどころか、断ったり、逃げるのに難儀したことは、何度もあるくらいだ。
だが、真に愛したした人はいない。最近はそういう自分に虚しさを感じることもあった。このまま真実の愛を知らずにいくのか……。そう思いながらも、次男の気楽さもあり、気ままな一人暮らしを続けている。
両親そして兄も、彰吾の外科医としての腕の確かさもあり、私生活に関しては黙認状態だ。さすがに両親は知らないと思うが、兄は彰吾がバイセクシャルな事も承知していた。ただし、結婚は女としてくれよと釘は刺されたが……。それでも、結婚を迫られたことはない。両親にしても、彰吾はまだ若い、そのうち落ち着くだろうと思っていると思われる。
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