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第14話 2章 星夜と名付けて
春の海を堪能した二人は、帰りの岐路に着いた。
星夜は、リラックスした雰囲気で静かに座っている。その表情は穏やかだ。
運転しながら、さっきの涙は何だったのかと彰吾は考える。思いがけない、突然の涙だった。星夜が涙を流すのは初めて見た。
何か、過去のことを思い出したのか。それとも、誰かを思い出したのか。
海と結びつく思い出? しかし、海は初めてと言った。初めてと言えど、何か思い出すきっかけになったのか? 分からない。
分からないことだらけだ。全て問い質したい思いになる。
いったいお前は、どこの誰だ! 何があって死を選んだのだ! 全て話せ、そしたら俺が救ってやる。全てを、一緒に背負ってやる。実際、それくらいの覚悟がないと、星夜を救うことはできないだろう。
何も分からないが、星夜が背負っているものは、とてつもないものかもしれない。その予感は確かにある。それを、一緒に俺は背負えるのか? 背負ってやる、彰吾の中にはその思いが強まっていた。
最初見た時から惹かれた。一目惚れだったのかもしれない。その思いは日々強まっている。星夜が好きだ、それは間違いない。断言できる。
自分の思いは確かだ。星夜は? 俺のことをどう思っている? 悪い感情はないはずだ。さっきも思わず抱きしめた。星夜の涙を見たらたまらなかった。咄嗟の行動ではあった。星夜も抗わなかった。俺の胸で泣いた。額へのキスも受け止めた。
もし、星夜が俺のことを嫌がっているのなら、服を与えた時点で出ていっただろう。実際あれは賭けでもあった。服を着ていれば、靴は履いてなくともと、考えるかもとは少し思ったのだ。だが、大丈夫だろうとの、自分の勘に賭けたのだった。
実際それは見事に当たった。星夜は未だに出て行っていない。そして、『星夜』という名も受け入れている。初めは、呼んでも反応しなかったが、今では普通に反応する。
信号待ちで、隣を見ると星夜は眠っていた。車に揺られまどろんだのか……穏やかな寝顔。無防備とも言える寝顔。俺に気を許している証左だろう。全く可愛いくて罪のない寝顔だな。彰吾は強烈な庇護欲と、所有欲が沸き上がるのを自覚する。
自分のものにしたい。星夜の心も、体も全てを開かせて己のものにしたい。それは強い衝動でもあった。
大体、ひとつ屋根の下で暮らして、よく今まで手を出さなかったものだ。これは、自分で自分を褒めたい。それだけ星夜に対する思いが本物だとは、自分でも気付いている。本物だから手を出せないのだ。
全く俺としたことが、この年になってこんなピュアな思いを抱くとは……。男女問わず何人もの人間と付き合い、体の関係も持った。だが、心から愛した人はいない。いつもどこか冷めていた。相手もそれに気付くのだろう。長く続いた付き合いはない。自分はそういう人間だと思っていた。ある意味愛にかけては、欠けた人間なのかもしれないと思ってきた。一生人を心から愛することはできないかもしれないと、そう思うこともあった。
それなのにな、彰吾は自嘲気味に苦笑する。そして、星夜の寝顔を見る。
この穏やかで静かな眠りを守ってやりたい。いや、守ってやる。それが俺の愛情だと示してやる。男として、愛する者を守るのが真の愛の形だと今更ながら思う。
さて、どうするか……彰吾は、星夜の寝顔を見ながら考える。星夜を自分のものにして、守るための次の一手。決して間違えることはできない、それをどうするか。
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