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第25話 5章 愛している
しゃくり上げて泣く星夜。彰吾は胸に抱きしめたまま、星夜が落ち着くのを待った。涙が枯れるまで泣かしてやりたい。今は、思いのまま泣くがいい、俺のこの胸で……。俺の胸はお前のものだ。
「あっ……あなたにだけは知られたくないと……だ、だから……ここから……」
「ここから、どうするんだ」
「出て行きます」
「だから、言っただろう。俺はお前にここへいて欲しいと。それに、お前はここを出たらまた死のうとするだろう。それは許さない、絶対にここから出さない」
彰吾のここから出さないという言葉、しかし、ここは過去囚われていた檻のような鳥籠とは違う。星夜にとって、安らぎの止まり木のような場所。自分も出て行きたくはない。それが、心からの本音。
彰吾には、星夜の『わたしは汚れている、愛される資格がない』という言葉の意味が察せられる。性加害のことを言っているのだろう。何者かが繰り返し星夜の、秋好香の体を蹂躙したのだろう。故に、自分の思いを拒むのだろう。
だったら、知っていると伝えた方がいいか……俺は知っている。知ったうえで、お前を愛していると……。なぜなら、お前の体は決して汚れていないから。汚れているのは、蹂躙したやつなんだと。それを教えてやりたい。
「俺には、お前が何を気にしているのか、大体は察せられる。何者かは知らないが、お前が性被害にあっていただろう事は最初の時から知っていた。おそらくそれが、お前の死のうとした原因だろうとも思っていた」
星夜の顔色が変わった。思い出したのだ。あの日、自身の根元から組紐で縛められていたことを。秋好香にとってそれは日常ではないが、珍しいことではなかった。時折微罰的にされたこと。自分で解くことは決して許されていなかった。
自分では解いていない。けれど、当たり前だが今それはもうない。ということは、彰吾さんが解いてくれたのか……つまり、この人はあの忌まわしい姿を知っている。それなのに、自分を思っていると……。
星夜の動揺に、彰吾は悟った。ずっと疑問には思っていた。組紐のこと、星夜が触れないのは、忘れているのか、そのふりをしているのかと。星夜は、忘れていたのだ。そうか、記憶から抜け落ちていたのか……。
「性被害にあったお前が汚れているとは、俺は思っていない。勿論、詳しい経緯は知らないが、汚れているのは、お前ではなくお前を蹂躙していた人間だ」
呆然としたままの星夜の額にかかった髪を優しく上げてやりながら、彰吾は続けて言う。
「いいか星夜、俺の話を聞け。俺はお前が死を選ぶほど逃れたかったところから、解放してやりたいんだ。そして、星夜として生まれ変わって、ここで新たな、再生の人生を生きて欲しいんだ。そのためにもお前が秋好香だったことを、明かして欲しいんだ」
星夜は彰吾を見上げた。すがるような眼差し。星夜こそ、それを望んでいるのだ。生まれ変われるものなら生まれ変わりたい。
「先日、友人の成瀬が来ただろう。あの時は言わなかったが、あいつは弁護士なんだ。あれで、弁護士としての腕は確かなんだ。実は、秋好香に行きついたのはあいつなんだ。俺が依頼した。そして更に、お前の名前を正式に星夜に改名すること。お前を俺の籍に入籍して、柏木星夜にすることを依頼した」
この人は、そこまで考えて……星夜の胸に熱いものがこみ上げ、たちまち一杯になる。彰吾は続けた。
「そのためには、お前が秋好香だったと認めないと、先に進まない。同時に、一度全てを明かして、吐き出さないか? 過去を捨て去って、新しい生を歩むために。俺が全てを受け留めて、忌まわしい過去は葬り去ってやる。そしてその後は、二度とお前の過去には触れない。星夜、俺を信じてくれないか……」
これほどの真摯な思いの吐露があるだろうか。星夜の心は感激で震えた。信じたい、この人を、彰吾を信じたい。信じていいのだ。
何もかも全て吐き出したい。そうすれば、楽になれると、星夜は本能で感じる。この人に全てを明かせば、自分を苦界から救ってくれる、そう思った。
星夜は、彰吾を信じて、そして全てを明かすことを決心した。
「そうです。わたしが秋好香に間違いありません。わたしは……秋好流宗家の家に生まれました。その当時は祖父が宗家でした。祖父のただ一人の孫として、わたしはいずれ宗家を継ぐ者として育ちました。」
星夜は自分が秋好香と認めた。そして、静かにその過去を話し始めた。
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