36 / 55
第36話 7章 囚われの小鳥
悲しみに浸る間もなく、葬儀そして初七日法要が執り行われた。
「ここまであっという間だったな。正直心の準備が足りなんだが、何とか無事に終えた。お前も一度神林に戻らねばならんな」
父の言葉に香も頷く。本音はこのまま秋好に留まりたいが、それではけじめがつかないのは香にも分かる。
「わたしが宗家を正式に襲名すれば、次の若宗家は、香、お前だ。神林には大学卒業までとの約束でもあるが、こちらも事情が変わった。これを機会に返してもらうといいのだが」
それは香も望むところだ。秋好で宗家を襲名する父の助けになりたい。宗家を補佐し、弟子たちの稽古を見るのも若宗家の役目。それを父のもとで果たしたい。そのためにこの十年近くを耐え忍んできたのだ。
「わたしもそうして頂きたいです。秋好でお父様の助けになりたいと思います」
「会葬の御礼にも伺わねばならんからな、その折にもお願いしてみよう。お前は取り敢えず一度神林へ戻りなさい」
父の死によって、秋好流宗家になった桜也は四十九日の法要後、神林流を訪問した。前宗家の葬儀への会葬御礼と、香のことを願うためだ。
しかし、神林の宗家の応えは否であった。
「確かに秋好さんのところの事情が変わったのは分かる。しかしな、香はわしの大切な愛弟子じゃ。まだ教えねばならんことも残っておる。来年の春までと思ってこちらも段取りしてきたのでな」
神林の宗家から、大切な愛弟子とまで言われれば、桜也にはそれ以上何も言えない。むしろありがたく申し訳ない思いになる。
「そこまでおっしゃって頂き、まことにありがたいことです。私どもの都合で浅はかな申し出申し訳ございません。何分父の急死に動揺していたことと、ご容赦ください」
香はその事実を古城から聞かされた。
「先程秋好の宗家がお見えになりました。香さんのことをお話になられたようですが、変更はなく来春までこちらでと決まりましたので、香さんもそのつもりで。次にお帰りになれるのは、来月の新盆になります」
どうしてそうなったのか父から直接聞きたかったが、ここでは二人になることはできない。香の部屋は奥にあり、そこは香の父と言えど入ることはできない。その為、父も香に会うことなく帰っていたのだろう。
親に会う自由も無い籠の鳥だなと自嘲気味に思う。しかし、来月の新盆まではあとわずかだと自分励ました。
ともだちにシェアしよう!