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第37話 7章 囚われの小鳥

「香さんお帰りなさい。お盆なのにたった三日、二晩しか泊まらないのね」  出迎えた母の言葉に頷く。昨年まではお盆と言えど一日しか帰宅を許されなかった。それを思うと、今年は祖父の新盆故、三日間。ましと思わねばと思っている。母の恨み言も分かるが煩わしいとも思う。  それよりも香は一番知りたかったを、早速に父へと質した。 「先日、神林へ来られたようですが……」 「ああ、新盆には返してくださると言われたのでな、会わずに帰ったのだ」  そうして、父は神林の宗家との話を香に聞かせた。 「ということでな、あちらのお考えもありがたいと思ったのだ。残り半年ほどになるがこのままあちらで精進するのだ。そうすれば、こちらに戻ってからの力にもなる。神林の宗家もそうおっしゃっておられた」  父の話に残念な思いはするが、確かにあと半年余り、最後までやり遂げるのが筋だとも思う。 「わかりました。ではそう致します」 「ああ、そうしなさい。来年春にお前が戻り、一周忌を終えた後、わたしの宗家襲名披露公演をする。正式な時期は今から詰めるが、九月か十月になるだろう。当然それはお前の若宗家として初の公演だ。そのつもりで精進するのだ」  香は力強く頷いた。秋好流若宗家の披露になる公演、今までの努力の成果を出したい。その為に、今まで耐え忍んできた。あと少しだと、香は己を奮い立たせた。  新盆を済ませて神林へ戻った香は、成川菊之助からの誘いに応じることとなった。他のパトロンたちも皆、香に会えない事で焦れてはいた。しかし、祖父の死と言うこともあり、控えていたのだ。  そこへ四十九日の法要に新盆も済んだこともあり、そろそろ応じることになり、葬儀へ直接参列したこともあり、先ずは成川と決まったのだった。他のパトロンたちは葬儀へ参列まではしていない。 「香、久しぶりだな。こんなに会えなかったのは初めてだよ。お前に会いたくて焦がれ死にするところだったよ」 「申し訳ございません。そして、葬儀の折にはわざわざのご参列、まことにありがとうございました。父も大変ありがたく、恐縮しておりました」 「お前の大切なおじい様なんだから当然だよ。どうだ、少しは落ち着いたか? 幾分やせたような感じだな。ただでさえ細いんだから、それ以上痩せたらいけないよ」  六代目成川菊之助は、香を抱き寄せ、着物を脱がせにかかる。 「たっ、孝彦さんっ……」  孝彦は成川菊之助の本名である。二人の時は本名で呼ぶように言われている。 「今日はたっぷりと可愛がってやるよ。可愛い香が、元気になるようにな」  成川は、他のパトロンの田中や棚瀬のように老体とは違う、壮年の男盛り。男の機能にも自信がある。  若い時はかなりの浮名を流したが、同じ歌舞伎の名門から妻を迎え、一応は落ち着いた。今は昔と違い、女遊びを芸の肥やしとは言わない。男の甲斐性とも言わない。不倫には厳しい世間の目があり、思うように遊べないのだった。  そんな成川にとって、香はもってこいの相手である。相手が男であるのは、関係を隠しやすい。成川の情欲を静めるためのいわば贄として選ばれたのが香だった。

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